第25話 神と伴に生きる
「しっかし……どうやって姉ちゃんに説明しよう」
「何を惑う必要がある。堂々と連れてゆけばよかろうに」
「常識で考えろ俺ぁ高校生だぞ。そんな年頃の男児が、家に女性を連れるって言うのは非常にいかがわしい憶測を生む行動なの!」
「分からんな。御身たちの常識はすぐ変わる。
なぜ統一せんのだ。理解に苦しむな」
帰り道。もう空が夜と言って良い暗さになった中、俺とクリスで帰路へとついていた。
俺から離れると力が抜けると言うから仕方なく連れて帰っているが、正直女子と付き合ったことが無い俺としては、相手が醒遺物でも女性と肩を並べて歩くのは緊張する。
近所の人たちに見られて噂になりたくないからと人通りの少ない道を選んだのだが、それが結果として遠回りとなり緊張が長続きする羽目になってしまった。
加えて会話も手持ち無沙汰と来た。この醒遺物……なかなかどうして話しにくい。
世俗離れしているかと思えば俗っぽく、全能っぽいと思えば何も知らない。
おかげでこちらとしても何を話せばいいのか分からず、気まずい時間が過ぎていった。
「どうした? 腹でも痛いのか?」
「別に……そんなわけじゃねぇけど……」
「ならばこの吾輩の無聊を慰めろ。
太鼓でも叩け。フルートでもいいぞ」
「俺は道化師じゃねぇぞ? んな暇っつってもなぁ……。
スマホで出来るゲームか何かあったかな……」
無茶ぶりをされたのでポケットの中を漁り、コイツの注文に応えられるものはないかと探る。
生憎俺のスマホの中には初心者でも楽しめるゲームなんて都合のいいものは入っていない。第一、こんな生まれたての赤ちゃんみたいな奴にスマホを持たせたくない。
何をするか分からないから、何かこいつでも適当に暇を潰せるようなものを──────。などと考えていたら、指先に何か固形物が当たる感触があった。
何かもわからずに取り出してみると、それはミルクキャンディーだった。
「これは……? ああー、昼におじさんに貰った」
「ふむ。食い物か。貰うが構わんか?」
「そう言うのはわかるんだ……。良いよ。やる」
「ありがたく捧げられよう」
クリスはひょいと指でつまんで飴をひったくると、少し悪戦苦闘しながら包装紙を破る。
そのまま少し興味深そうに観察した後に、口の中に飴玉を放り込むと、間髪入れずにバリボリと音を立てて噛み砕いた。
流石は神様(本当に神かどうか知らないが)。飴1つ食べるだけでも俺の想像を遥かに絶する存在だ。
「いやそうやって食う物じゃなくてだなぁ……。
もっとこう、舌の上で転がしながら味を楽しんで……」
「ふむ。旨いな。甘い。吾輩の好きな味だ。褒めて遣わす」
「聞いちゃいねぇ。というか、甘いだの味覚はわかるんだな」
「受肉の際に遍圏識や共言想を読み取っているからな。人類が持つ普遍的な感覚は理解しているつもりだ」
「ろぎかぁ?」
また知らない単語が増えた。
何でもかんでも名付けるのがロゴスの世界の常識なんだろうか?
にしてももう少し分かりやすい単語をつけてほしい所だが……、これは俺の学が無いだけか。
「簡単に言えば、世界を包む常識とでもいうべきものか。
例えば今ロゴス能力が"存在しない物"として否定され、ほとんど存在を許されないのも遍圏識によるものだ」
「あー……人間同士が無意識で共有する知識とか感覚、みたいなものか?」
「うむ。それを遍圏識と呼ぶ」
「そういう常識って概念にもいちいち名前つけてるんだな」
「当然だ。名付けとは即ち、存在の固定だからだ」
「ふーん」
そういうもんか、と納得しながら流した。
名付けは固定……か。ディアドラが定義化について説明した時も似たような事を聞いたような……。名前がその存在の実態を形作るのだろうか?
そう考えると、俺が神様とこいつを定義したことでこいつが人型になったのもわかるのだが……。
「……なんだ。吾輩の顔をジロジロと見て」
「いやー……その、なんだ。旨そうに食うなー、と思って」
「このような甘味を味わうのも久方ぶりゆえな。そもそも人型を取れたのは数千年ぶりか。
かつて吾輩を手に取った者どもの大半は、吾輩を道具としか見なかった。
誰とも触れあえず、会話もままならなかった事の方が多かったかもなぁ」
「それってお前……」
「ン。ここだったか? 貴様の言っていた住居と言うのは」
質問しようとしたところで、見覚えのあるアパートが見えてきて会話はお開きとなった。
何か、とても気になるような過去が明かされた気がしたが……。まぁ後で聞けばいい。コイツとは今後も付き合いは長くなるだろうし、時間はある。
しかし家に着いたら着いたでまた別の問題が噴出する。そう、どうやって家にこいつを潜り込ませればと言う問題だ。
「まぁ、先も言ったが吾輩を望むカタチへと変化させればいいだけだ」
「望むっつっても……あんまりお前の本質からかけ離れすぎていると変化しないんだろ?」
「うむ。あくまで吾輩という存在が前提だ。吾輩と相性が悪い存在の姿形にはなれんので、そこは注意だな」
「難しい注文しやがって。こちとらまだお前の事1mmぐらいしか分かってないんだぞ?
喋れる身の上になったんだから、ちょっとは俺に色々教えてくれてもいいんじゃねぇか?」
「しかしなんだこの階段の量は。今の人間はこんな密集した家に住んでいるのか」
「だから聞けって。悪かったなぁエレベーターのないアパートにしか住めない身で」
注文の多い神様(仮)だ。いや、神なんて古今東西、程度はあれどこんな物か?
これから一緒にやっていけるのか心配になる。だがまぁ、手に入れた力だし何とかうまくやっていかなくてはならない。
その為にこいつの事を少しでも多く知りたいところではあるのだが……。どうしたものか。
「さて、何も案が浮かばないまま部屋の前まで来てしまったわけではあるが」
「案ずるな。この吾輩が直々に策を考えてやった。供物をくれた故な」
「凄まじく嫌な予感がするんだがお聞きしようか」
「年頃……即ち婚姻の出来ぬ男児が女子を連れるのが不味いのだろう?
なれば妾とでも言えば良い! 結婚できぬ身でも不自然は無かろう?」
「大問題だよっ!! 気持ち良いドヤ顔で何言いだすんだテメェ!?」
『始ー? 帰ってるのー?』
「やべっ!!」
扉越しに姉ちゃんが近づいてくる足音が響く。
まずい……叫んだせいでタイムリミットが一気に早まってしまった。
藁にも縋る思いで横を向くと、自信満々にニヤついているクリスがいた。
遠慮せずに自分の考えた案を使えとでもいうような、絵に描いたようなドヤ顔だ。
使えるわけないだろクソ! となればやはり俺の頭脳だけでどうにかこいつを変化させるカタチを考えなくてはならない。
考えろ俺。こいつの性質に沿っていて、なおかつ一般的男子高校生が持っていても不自然ではない──────。
「これだ……!」
「ほう、打開策が浮かんだか。では手を取れ。望んだ姿に変わってやる」
許諾を得れたので大急ぎでクリスの手を握る。
そうして俺は望む姿を脳裏に浮かべ、クリスの姿を誤魔化せる程度に不自然ではない形へと変化させた。
これなら、男子高校生が持っていても不自然ではない筈だ──────!
◆
「ちゃんとやる事やれた?」
「うん。ありがとうね姉ちゃん。おかげでなんか決心できたよ」
「え~? 私のおかげ~? ならちょっと今日のカレー奮発しちゃおうかなー」
「俺も腹減ってるし、超豪華で頼むわ」
特に不自然のないように自宅に帰り、姉と会話する。
……よし、バレていないようだ。姉の見えない所で胸をなでおろす。
正直変化自体がうまく行かない可能性もあったので、友人を急遽泊める事になったとかそういう言い訳も考えていたのだが、杞憂だったようだ。
……と、そんな事を考えていると脳内に声が響き渡った。
『オイ貴様。なんだこれは』
「(何って……しょうがないだろ。それしか浮かばなかったんだから)」
『しょうがないとは何だ!! 貴様ぁ……!! 吾輩にこのようなふざけた形をォ!』
「アレ……? そのキーホルダーどうしたの?」
「え? ああー……これ? 街で偶然会った友人の、どっかの土産。
ほら、色んなSAとかで売ってるじゃん? こういう剣のキーホルダー」
「あー……あるよねー。男の子っていつまで経ってもそう言うの好きだよねー。
にしてもすっごいピカピカじゃん。全面鏡張りみたい。今どきのこういうのってレベル高いのねー」
「は、ははは……」
気付かれたがうまく誤魔化せた。俺がクリスを変化させたのは、極小スケールの刀剣だった。
最初にこいつを見た時の、鏡の如き輝きを放つ刀剣。それならば実際にこいつが変化していたものだし、変化できるはずだと考えたのだ。
あとはスケールを手のひらサイズにすればこの通り。よくあるキーホルダーとして誤魔化せる。ついでに龍の意匠も巻かせたのが正解だったようだ。
だがどうもクリス当人はお気に召さなかったらしい。まぁ……流石に玩具になれと言われたら神様でもキレるか。
「ところで、今日はどんな人助けしてたの~?」
「えー……? まぁ、企業秘密って事で、今回は1つ」
「お姉ちゃんのおかげで決心がついたとか言ってなかったかなー?
恩人には経過報告をするのが義務なんじゃないのかなー?」
「何だよその義務。まぁ、ありきたりない話だよ。ただちょっと、普段より俺が頑張る必要があっただけの話」
「頑張る……ねぇ。頑張るのもいいけど、無理だけはし過ぎないでよね?
何度も言うけど始、本ッ当に自分より他人優先するんだから!」
「うん。分かった。分かったから姉ちゃん」
「本当に分かってるー? 分かって無かったらカレーの肉抜きだよ?」
「それだけは勘弁」
何度も言われているから分かっている……と言いたいが、まぁそれだけ姉が心配するというのも分かる。
ので何も言わずに、今後も心配をかけないように生きていこうと誓ってありがたく姉からのカレーをいただく。
実際ここまで生きてこれたのは姉のおかげだし。親戚や祖父母の援助もあったが直接的に俺を育ててくれたのは姉だ。
だからひとまずは姉を心配させない暮らしをしよう。力を手に入れてからでもそれは変わらない。
そう決意を新たにしながら、俺は姉のお手製カレーを口にするのだった。
「……うん。旨い。やっぱ豚肉だよなカレーって」
「でっしょー? お代わりはあるから、どんどん食べちゃって」
『"自分より他人"……か。興味深いな。この男は』
何かが脳裏で聞こえた気がした。まぁ、クリスの声だろう。
だがひとまず今は食事に集中したい。そう考えて俺は敢えてその言葉を無視した。
コイツとの会話はあとで俺が部屋で1人になった時にやろう。脳内で会話するのは意外と疲れる。
何より、うっかりと会話の内容が零れて独り言になりそうで緊張するからな。
そう言うわけで、今はとにかく目の前のカレーを平らげ満腹になる事を優先した。




