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第15話 ペルソナ・ノン・グラータ



「意志って言うのが重要なのは分かった。ただ……どう使いこなすんだ?

 ディアドラの例を聞きたいけど……俺のは共言想(ピュシス)じゃなくて醒遺物(フラグメント)だからなぁ」

「基本人によりますわ。最初から使いこなせる人もいれば、自分に合った力を探して次々に乗り換える人もいますね。

 私なんかは、典型的な後者でしたわ」

「確か、色々調べたんだっけか。

 どうやって自分に合うって分かったんだ?」

「頑張って四大元素仮説について学びましたわ」


そう告げながら彼女は、自信満々な表情を作った。

自分に合う……とは簡単に言うが、なかなか見つけられるものじゃないと正直思う。

そう言う意味では、やり遂げた事に自信を持ちたくなる気持ちも分かるが、いささか顔に出過ぎじゃないのか。

意志が重要になるロゴス能力者は、その意志が表出しやすいとでも言うのだろうか。

だとしたら、隠し事に苦労しそうだなとか何となく思いながら聞いていた。


「調べたって、どういうことを?」

「過去どのような変遷を経て、どのような学者が、どのように理論を組み立てたのか。そういった背景や歴史、そして込められた思いですわね。

 細部まで知って、どの点が私の意志に合致するのかを調べました。"知は力"、とはまさしくこの事ですわね」

「なるほどな……。醒遺物(フラグメント)が力の基になる俺じゃあ、ちと参考にならんか」

「あ……。それもそうでしたね……。申し訳ございません」

「良いよ、大丈夫。教えてくれてありがとう。

 実際の例があった方が参考になるしな。

 結構教えるの、上手いと思うよディアドラ」

「そ、そうですか……? あ……ありがとうございます……」


謝らせてしまった事をフォローするように褒めると、ディアドラは頬を赤らめた。

そもそもディアドラが謝る必要はない。ディアドラのやり方がスタンダードでイレギュラーなのはきっと俺の方だ。

そう言う意味では誰かを参考にするというのは難しいかもしれない。

ただそれでも出来得る限りの事は聞いておきたかった。


「顔赤いけど大丈夫か?」

「い、いえ……決してそう言うわけではなくてですね。

 あの、ちょっと。ゴニョゴニョが近いと思って……」

「え? ごめん、ちょっと聞き取れなかった」

「いえ大丈夫です! 本当に! 何でも無いですから……!」


急に小声になって顔を俯かせ始めたので、少し心配になる。

もしかして、気安くほめ過ぎただろうか?距離を詰めすぎて気に障ってしまったのか?

せっかく仲良くなれ始めた所だから、変なところで関係がこじれるのはマズい。

ここはとにかく、グッドコミュニケーションを心がけて慎重に……。


「(このままではいけません……。

 私1人で頑張らないと……。その為には─────!)」

「大丈夫、かな……? 悪い、ちょっと聞いちゃいけない事とか聞いちゃったかな……?

 ただやっぱ、これから先暴走とか無いようにしたいし……。

 なんかそういう、過去のデータとか機関にあったりとか──────」

「ああ!? なンデもかんでも貰えると思ってんじゃねえ!!」

「え」


突如として、彼女の纏う雰囲気が180度変わって、いきなり胸倉を掴まれ凄まれた。

何が起きたのか? 理解するのに一瞬の空白が生まれる。疑問符を上げる暇すらない。

まるで文字通りの意味で人が変わったとしか言いようのない変貌だったが、俺の首を絞めあげているのは間違いなくディアドラだった。

絹のような髪も、宝石のような瞳も、飴細工のような細い指も、全て彼女のままだ。


ただその目つきは鋭く吊り上がり、全体的に粗雑な雰囲気に包まれている。

片腕はポケットに突っ込んでいるし、片足は苛立ちを隠せないかのように、貧乏ゆすりをしている。

まるで中に入っている人格がそのまま入れ替わったかのような、唐突な変貌を見せつけられた。

いや、この粗暴な雰囲気のディアドラはどこかで見たことある。確か、いやまさか──────。


「あの……ディアドラ、さん?」

「なンダよビビってんのかァ? あんま調子づくんじゃねぇぞオイ。

 聞けばすぐ答えが出るとでも思ったか?  舐め腐るのも大概にしとけよ?

 自分のケツは自分で拭け。テメェの処遇は俺の匙加減なンダって忘れるんじゃねぇぞッ!!」

「あのー……もしかして、夢の中でお会いしました……でしょう……か……?」

「ハァ? 寝ぼけてんじゃねぇぞ」


いや、間違いじゃない。この粗雑で乱暴な口調。

それでいて、全く相反する美しい容姿……。これは、俺が夢で見たディアドラまんまだった。

容姿はそのままに人格だけが突如として入れ替わったような、そんな不可思議な光景が目の前にある。

いや、ロゴス能力に比べればまだ現実的ではある光景だが……、それにしても戸惑いは隠せない。

そんな俺を憐れんだのか、あるいはどうでもいいと感じたのか、ディアドラ(なのだろうか…?)は突き放すように俺の胸倉から手を離した。

身体は俺よりも年下だろう少女のままなのに、凄い力だった。

多分、不意打ちだったら完全に押し負けるぐらいの腕力があった。


「また調子こいてみろ、次は殺すからな。

 こっちも暇じゃねぇンダよ。ついてくんじゃねぇぞ?

 ったく……ちょっと油断するとすぐこれだ。どいつもこいつも、すぐ仲良しこよししたがるンダからな……」

「あ……ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

「ついてくんなっつったろうがボゲがぁ!!」


その凄まじい怒号にも驚いたが、それ以上に彼女の変わりっぷりにとにかく驚いた。

驚き過ぎて呆然とするしか出来ない俺を背に、彼女はずけずけと大股で去り往く。

引き留めようとしたが、凄まじい形相で凄まれたので俺は怯むしか出来なかった。


「……怒らせちゃったかなぁ……。

 やり過ぎたなぁ……。はぁー……」


誰に言うでもなく、俺は心の中でため息をつく。

もういなくなったディアドラを思い、俺はただ反省するしか出来ずにいた。

何が原因だったんだろう? 人格が変わったとしか言いようがない急変だった。

おそらくは先ほどの俺との会話に理由があるのだろう。そう考えると頭を抱えたくなった。

畜生。いつも俺はそうだ。反省するのが遅いし、そして反省し過ぎる。

だが彼女が去ってしまった今、出来る事と言えばそれぐらいしかなかった。


「……家に帰るか」


そうだ。今こうして路地裏にいたら、また襲われるかも分かったものじゃない。

そう考え俺は、再び能力の暴走が起きないように細心の注意を払いながら家へと帰る事を決めた。



────そういえば、能力の暴走しないコツを聞き忘れた。

あの状態ではディアドラに聞くわけにもいかないし……。

とりあえず定時連絡の際に、レイヴンに聞いてみるとしよう。





「(はうぅ……。やってしまいましたわ……。

 少し……言い方がきつかったでしょうか……。

 ですが、これぐらい言わないとやはり──────)」


繁華街を俯きながらディアドラは歩む。その表情は沈痛な物となっている。

理由は単純な事で、長久始を突き放した自分の行動に対して強く自責の念を覚えているからだ。


突き放した理由は彼女の過去にあった。

彼女は基本的に、誰も信用せず1人で生きてきた。

だから彼女は、今までと同じように長久始を突き放した。

もしこのまま心の距離が近づいても、彼が離れていくような事があれば、また傷つくだけだからだ。

ならば傷つく前にこちらから突き放してしまえばいい。それが今までの彼女の処世術だった。

故に、彼女はずっと1人だった。1人だったからこそ傷つかずに生きてこれた。


だが、此度の一件は、突き放した瞬間に心の痛みがあった。

じくじくと疼くような後悔が心の中に残り続けている。

その理由が何なのかは、彼女自身分かってはいない。

彼女は他人の思考には敏感だが、自分の中の感情には鈍感だった。


「何故、こんなにも始さんの事が気になるのでしょうか……。

 以前にも私を助けてくれた人は大勢いるのに……。偶然、破滅掌者(ピーステラー)となってしまった人、だからでしょうか……。

 理由はどうあれ、1人の監視対象に深入りするのは機関の一員として失格です……!!」


パァンと思いっきり彼女は自分の頬を叩いた。

自分は組織の一員であるという強い自覚を忘れないように、彼女は何度も喝を入れ直す。

だが、それほどの行為をしても、彼女の中から始の顔が消える事は無かった。

むしろ彼を忘れようとするたびに、突き放した事への罪悪感が増すばかりであった。


「一体どうしてしまったのでしょうか……私……。

 いつもならば、こんなにも突き放した殿方の事を考えるなんて無かったのに……。

 思えば彼に対して情をかけ、処分の必要が無いと判断したのも、どこかおかしかったですわね私……。

 いつもならそんな事はしない筈なのに……一体どうして……」


そう思い悩んでいたその時であった。

懐に仕舞っていた通信端末が着信音を発する。彼女の所属するR.S.E.L.機関からの通信の合図だ。

悩みぬいていた所に不意打ちの連絡だったが、彼女は取り繕う事に関しては非常に上手い手腕を持つ。

此度も表面上は、完璧なエージェントとしての態度を崩さずに通話を開始した。


「はい、ディアドラです」

『ちょっと声震えてるぞーディアドラー。なんかあったかー?』

「ミ、ミスターレイヴン……!? べ、別にそんな事は!」

『声裏返ってんぞ……。まぁそれは別途聞くとして、だ。

 昨夜に美術館に忍び込んだ連中の足跡が掴めた。どういった疑界結社(オムニス・ドゥビトー)かも分かったぞ』

「本当ですか?」


ディアドラの声色が真剣な物へと変わる。

疑界結社(オムニス・ドゥビトー)とは、ロゴス能力を私利私欲の為だけに悪用する能力者たちの集った組織の通称だ。

世界を変革するロゴス能力を用いて、この世界を"正しくない"ものと疑う人間たちを意味する言葉。

彼女たちR.S.E.L.機関が取り締まるべき、一級の危険存在たちである。


『と言っても、こいつらは規模も能力者の質も平均以下だ。

 恐れるに足らん……とまでは言えないが、もしかしたら大多数はお前1人でもやれるかもしれないな』

「だから言ったでしょう? 私1人でもやれる、と」

『ただ少し、トップが厄介かもしれんな。こいつは』

「トップ……?」

『ああ』



「醒遺物強奪事件第2742号主犯……海東西山。

 こいつの操る能力は、お前1人じゃ勝てない」





「──────おや? 始くん……かな? こんにちは」

「あ、白神館長。こんにちは。あーあの……美術館、大丈夫でしたか?」


家に帰ろうとする途中の路。

俺は白神工芸資料館の館長、白神さんと偶然すれ違った。


「大丈夫だよ。突然局所的な地震があったのは少し災難だったけどね。

 とはいえ、追加で増員された警備員たちが総出で展示品を戻してくれたから、滞りなく今日も開館できたよ。

 せっかくの刀剣フェスだ。1人でも多くのお客さんに楽しんでもらう為には、この土曜日に閉館するわけにもいかないからね」


なるほど、そう言うカバーストーリーが出来ていたのか。

R.S.E.L.機関が人員を紛れ込ませて警備を増強したり、俺達が暴れた後を片付けたとは聞いていたが……。

地震と来たか。これなら警備システムがロゴス能力で誤魔化された事の理由にもなる。

ただちょっと苦しい気もするが、まぁ自然災害なら誰も文句言えないだろう。

正直少しは俺にも責任があるのが若干申し訳ないと思う。


「お姉さんは元気かな?

 こちらに滞在している上で休みと言うのも珍しいだろう。

 たまの休み、兄弟水入らずで楽しんでいるのかな?」

「いやー、そうでもないですよ。

 俺はちょっとやる事が出来ちゃって、こうしてぶらついてますし……。

 まぁ、今から帰るところなんですけど」

「ほう……。ではその用事は終わった、とみて良いかな」

「え? ああ、はい。そんなところです」

「ふむ。──────では、少し時間良いかな?」

「? 何でしょう」

「何、少し見せたいものがあるだけだ。

 時間は取らない。うちの美術館まで来れるかね?」


意外な展開だ。

白神館長から誘われるなんていつ振りだろうか。

こう言う時は決まって、何か面白い工芸品や歴史上の資料を見せてくれる時だ。

ただ今は追われている身でもある。下手に動くわけにもいかない。だが何度も世話になっている館長の頼みを無碍にするのも……。

俺は頭の中で天使と悪魔が言い争う様を幻視する程の葛藤を覚えた。



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