第14話 敵を知り、理知れば、百戦危うからず
「1つ、聞かせてくれ。
醒遺物って言うのは要は核兵器みたいな代物なんだろ?
そんなヤバイ物が、持ち主が良い奴だからって、許す許さないを決められるものなのか?」
「貴方の思う以上に、ロゴス能力は持ち主の"意志"に左右されるのです。
貴方の場合は典型的なお人好しと判断したのでまぁ、大丈夫かと。
上層部に議題の打ち上げはしますが、今のところは私の判断で許します」
「ちょっと待てよ俺のどこがお人好しだって言うんだ」
「初対面の私に道案内を夜まで付き合ったり……。
力も無いのに私と強盗達の戦いに割って入ったり」
「ぐぅ、何も言い返せねぇ」
確かに俺は、かなりのお人好しなのかもしれない。
そんなお人好しな"意志"を持つ俺だからこそ、破滅掌者としての力も似通った"お人好しな"ものになるらしい。
だが疑問に思うのは、その判断基準たる"意志"とはそもそも何なのかという事だ。
"言葉の力"とは違うのか。意志が重要になるなら、それで力を制御できるのだろうか。
正直、俺としてもさっきのような能力の暴走を防ぐためにも、そう言った事情は聞いておきたいと思った。
「その"意志"について、もう少し詳しく聞かせてほしい。力の扱い方とかも。
成り行きとはいえロゴス能力を宿しちまった俺なわけだし、その扱い方を教えるって言うのは、そっちの利にもなるだろ?」
「んー……あまり部外者に色々と吹き込むのは……。あ、いえ、もう既に部外者ではありませんわね……」
「だろ? そっちとしても、俺の暴走を抑える手段としては、悪くない話だと思うんだが……」
「良いでしょう。では、ロゴス能力における"意志"の占める比重を説明いたします」
割とすんなり話し始めてくれて、本音を言うとかなり嬉しかった。
正直に言うと、俺はディアドラとの距離感が今まで掴めていなかった。
昨夜は協力者で、今朝はいきなり拘束されて、少し前は怒らせてしまって……。
俺の監視役である以上、良い関係を築きたい所だが、ちゃんと出来ているかは疑問が残る。
だからこそ、この会話を機に彼女との距離感を縮めておこうとも思った。
素直に俺の質問に応えてくれるようになった辺り、それなりに信頼はしてくれている感は感じられた。
「意志とは簡単に言えば、ある個人が絶対に曲げがたいと感じる考えです。
こうしたいという欲望や、こう在りたいと願う願望、あるいはこうでなくてはならないという思い込み……などに当たります。
さて。先ほど、人々の間で共有された"常識"がロゴスを否定しているとはお話しましたね?」
「大丈夫だ。神々と呼ばれる程のやばい奴らがロゴス能力で幅を利かせた。だから人間たちは自ら望んでロゴスを放棄した、と」
「はい。意志が現実になるのがロゴス能力。故に、それを否定する意志も現実になる。
だから現代では一部の例外を除いて、ロゴス能力を扱える者はいない。ここまでは良いですね?」
「ああ。その例外とやらが、多分お前たちとかあいつらなんだろうなってのは分かる」
「察しが良いですわね。その例外をつくるものこそが"言葉の力"です。
此度は、それについて説明していきます。────{“岩よあれ”}
ディアドラがそう唱えると、拳大の岩が出現した。
何の変哲もない、普通の岩である。質感や重さ、どれをとっても文句のつけようのない、岩だ。
本来ならば有り得ない現実を、個人の意志により形にする。その補助輪とも言える存在こそが言葉の力なのだという。
「例えば、岩と言う概念は誰でも知っていますわね?」
「ああ、うん。多分、そこいらの子供でも知ってるだろうな」
「岩や風などの名詞、拘束せよ、などの動詞、これらの"言葉"は、多くの人が知っていればいるほど、人々の"意志"の影響を受け力を持ちます。
噂をすれば影が差す、とはこの国の諺でしたか? 簡単に言えば、言葉が現実に影響を及ぼすのです。
これが、先ほど貴方の言った"言葉の力"の正体……。私たちは共言想と呼んでいます」
「ピュシス……。知っている人の数だけ影響……力を得た、言葉って訳か」
「日本人の貴方ならば、言霊と言い換えてもいいかもしれませんわね。それがロゴス能力を現代で使える例外の正体です。
今見せた例でいうと、"岩"という言葉が持つ共言想の後押しで、"この場に岩がある"というように世界を改変した形ですわね」
「なるほど。多くの人が持つ"常識"という壁に対して、同じく多くの人が知っている"言葉"を使って抜け穴を作るみたいな感じか。
多数の意志には多数の意志で対抗するって訳か。分かりやすい説明だ」
「そうですか? ふふん、もっと褒めて良いのですわよ?」
どこか嬉しそうに、得意げに微笑んでいるディアドラが気になったが、今は理解を進めよう。
振り返ると、これは単純に数の問題だと気付けた。人間の持つ"意志"がロゴス能力に重要だというなら整理もつく。
全人類が否定したからロゴス能力は消えた。なら大勢が知る言葉の力を借りてロゴス能力を無理やり形にする。それだけの話。
1人では歯が立たない大勢の持つ"常識"に、ほんの少しの穴を穿てるだけの余裕ができる。今のロゴス能力者たちはきっと、その余裕を突いて現実を改変しているんだ。
こう説明してしまえばなんてことはない。言ってしまえば、単なる多数決の問題なわけか。
「この時、どのような共言想を借り受けるかと言うのも重要です。
何故なら、あくまで能力の根幹は使い手の"意志"。その遺志に合致した共言想を操るのも重要な事ですわ」
「? 共言想と意志には、相関性があるのか? 大勢の意志を借りるだけなら何でもよさそうだけど」
「ガソリンと車のようなものです。馬力のある車を動かす場合、レギュラーよりもハイオクの方が都合がいい。
ハイオクで無ければ動かない車もあります。このように、意志と共言想には相性が存在するのです」
「一転して分かりにくくなったな……。具体例、また見せてもらっても良いか?」
「むぅ……。これは能力者にとっては最重要機密事項なのですが……。
──────ふむ。周りに能力者もいないようですし、軽くなら良いでしょう。
{“汝、己が信仰を地と説くなれば、我は吹き荒ぶ疾風となりて、その地より生まれし富を風へと帰さん”}
彼女が詠唱を唱えると、先ほどの岩と同じように、何処からともなく風が吹く。
するとすぐさまに、その岩は塵になって"風化"してしまった。今まで強盗達のナイフなどの武器を葬ってきた彼女の技だ。
本来、現実ではこんなことは起こり得ない。これも恐らく、共言想とやらを借り受けているのだろう。
「ええ、その通りです。
"四大元素仮説"。この世界は炎・水・風・土の4つから成り立ち、それらには強弱がある……という昔の仮説です。
古代ギリシャで提唱され、多くの哲学者や科学者を経て説は形を変えながらも、19世紀までローマやイスラム、ヨーロッパで支持された説です」
「なるほど……。土は風に弱い、火は水に弱い、って奴か。RPGとかだと鉄板だよな。確かに大勢の人に知られているから共言想があるわけか」
「そして何より、私の"意志"に合致しています。私の場合、理由は省きますが"全ての物事には強弱がある"、"その強弱は流転する"という信念があります。
これは、世界を4つの属性に分類し、そしてそれぞれに強弱を設定した"四大元素仮説"に強く当て嵌まる意志のカタチです。
このように、持つ意志に合致する共言想を使えば、より効率的にロゴス能力を扱えます」
「効率的?」
「分かりやすく言えば、"在り得ない"現象を起こしやすくなります。
もっと俗っぽく言うならば、他人では出来ないような強力な能力になります。
実際、風を吹かせるだけで土由来の存在を風化させるなんて、いきなり火が付いたりするより数段"常識では在り得ない"でしょう?」
「確かにそうだ。分かりやすくなったよ。ありがとう」
「でしょう? でしょう! ふふふん」
なんか、褒めると凄い嬉しそうにするな。
整った顔立ちとは不釣り合いな子供っぽい笑顔は、思ったより破壊力がある。
……話を戻そう。意志と共言想を相互に合わせる事で、より強力な能力になるという事か。
四大元素仮説と言うのは、現在は否定されている説だ。元素は4つなんて数じゃ済まないぐらい現在は認知されている。
強弱に関してもそうだ。土は確かに風を前に風化する事もあるが、余りにも巨大な岩は風を逆に跳ね返すだろう。
だが──────彼女の言葉の前では、そうはならないようだ。
何故か? そうなるように現実を改変しているからだ。
本来なら常識で否定される事を、彼女は自分の意志と言葉の力を掛け合わせて現実にする。
冷静に考えると、なかなか凄まじい能力だ。
「ちなみに、どうやってディアドラはその……"四大元素仮説"が自分に合うって見つけたんだ?」
「自分で調べましたわ。いろいろな能力を試行錯誤して、時には失敗して傷を負う事もありましたが。
最終的に"これだ!"と思って得た物こそが、このロゴス能力ですわ」
「結構使いこなしているように見えるけど、習得まで大変だったのか……。
すげぇな。俺割とすぐ諦めたりする人だから、そう言うの偉いと思う」
「そ……そうですの? ま、まぁ、それほどでもありませんが……」
ディアドラは目を逸らしながら、口ごもるように小声でそう言う。
頬がほんのり赤く染まっている所も見るに、どうもディアドラは褒められる事に慣れていないらしい。
俺自身、自分よりも他人を上に見る人間なので、自然と他人の長所に目が行きやすく、それが高じてそのまま褒め上手となっている。
意識せずとも他人の「自分より優れている部分」を見出してしまうので、それを気付いたら口にしている。田崎には"人たらしスキル"とか言われてたっけ。
この会話のもう1つの目的である、ディアドラの人となりを知る作戦は成功しそうだ。今まで怒らせたり困らせたりばかりだったから、正直嬉しい。
──────っと、喜んでいる場合じゃない。それよりも聞くべきことも聞いておかなくては。
「在り得ない事を現実にできるって言うけど、具体的にはどれぐらいまで出来るんだ?」
「共言想の"どれだけ人に知られているか"と、能力者の持つ意志と"どれほど合致しているか"。
これらが掛け算のように合わさる事で、常識を打ち破る"在り得ない事象"を起こしやすくなります。
ですが常識外過ぎる事象は例外です。例えば、ドラゴンを出現させたりなどは常人ではほぼできませんね。
ドラゴンという概念を知っている人は大勢いれど、"ドラゴンなんて実在しない"と考えるのが前提ですからね」
「ロゴス能力も万能じゃない、ってのはそう言う意味なのか。じゃあ、醒遺物は? 共言想とは違うのか?」
「あれは現代も生き続けている神々の破片。ロゴス能力だけが独立しているものと考えてください。
共言想を扱うロゴス能力とは次元が違います。人々の常識でも縛られないので、在り得ない事象を片手間で引き起こせます。
ですがその分、意志による制御も非常に難しい。何故ならそれは、元となる神々の持っていた意志と同調することになるからです」
「ああ……。そこは共言想と変わらないわけか。さっきロゴス能力を車に例えていたけど、さしずめ醒遺物はスポーツカーか?」
「言い得て妙ですわね。その比喩で言うなら、付け焼刃の操縦技術……つまり生半可な意志では、逆に醒遺物に呑まれます。
貴方も先ほど、その身を以て体感したでしょう? 強すぎる力は、時として災厄へと転じかねないと」
「そう……だな。肝に銘じておく」
大いなる力には、それ相応の強い意志がいる……ってことか。
なるほど、さっきのように激情に身を任せるのは論外と納得がいく。
あの時の俺は、ただ『目の前の奴らを止めたい』という単純な事しか考えていなかった。
醒遺物の力はただ、それを叶えようとしただけ。つまり悪いのは、単純な激情に支配された俺だったという訳か。
強い力を形にしようと思うのなら、その力の基になる共言想や醒遺物に同調する意志が必要になる。
それも嘘偽りだったりしてはいけない。腹の底からしっかりと願ったうえで、それを力の基となる物に合わせなくちゃならないわけか。
…………そう考えると、ロゴス能力という物はなかなかどうして制御が難しい力だと思った。




