表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/43

第1話 ユメの中で



深夜の公園に、ドラゴンがいた。

──────と言っても、信じてもらえるだろうか。



有り得ない光景だと思いながらも、俺は即座に物陰に隠れる。

もしこれが現実なら、ドラゴンなんて怪物に襲われるなぞあったら一溜りもない。

冗談じゃない。まだこんな所で死ねるはずがない。俺はまだ、やるべき事もやれていない学生の身なんだから。

しかしこんな状況を前にすれば、生きたいという欲求と同時に「何が起きているのか?」という興味も沸くのが常というもの。

そこで俺は物陰に隠れながら、突如として出現したドラゴンを観察する。


『フハハハハハハハァ!!

 "機関"もこのような極東の島国へ来るなどと、ご苦労な事だ!!』

「耳障りな高笑いだ。反吐を通り越して虫唾が下るンダよ! "人間災害"!」


ドラゴンが喋った。しかも、やけに芝居がかった口調で。

そしてそのドラゴンに対面する形で、1人の女の子が立ちはだかっていた。

ドラゴンの背丈は、優に5mを超えるんじゃないかと言うサイズに見える。動物園からトカゲが逃げ出したとか、そういうものじゃないと直感で分かる大きさだ。

加えて直立している。翼もある。両腕に生えている爪は刃の如く鋭く、全身を覆う鱗はまるで甲冑のようだ。

どちらも眩く月光を反射している。何処に出しても恥ずかしくないドラゴンだ。


『貴様らのような大御所に相手取って貰うとは、俺も鼻が高い高い!!

 されど、此度の"醒遺物(フラグメント)"は俺にとってもまた重要不可欠なもの!

 奪取を邪魔される謂れ無し! 退くが良い! うら若き想紡手(ヌース)よ!!』

「独善的倫理のバーゲンセールだな。目も耳も塞いで口だけ動かすのは、さぞや気分が良いンダろうがよ。悪いがそのまま死んでくれぇ!!」

賛美(はれるや)!! その勇気、この俺に相対する資格がある!! まさしく"英雄"に相応しいッ!!』

「俺如きが英雄だァ? 願い下げだね!

 そんなもん、重すぎるし軽すぎる!!」


人気のない都市公園。住宅街や繁華街からやや離れたこの辺りは、夜8時を回る時間帯には既に閑散としている。しているはずなのだが、今日だけは違っていた。

暴風が吹き荒れ、金属がせめぎ合うかのような音が響いていた。まるでそれは、刃物と刃物が鎬を削るかのような、夜の公園には似つかわしくない非日常な音。

そんな中で、女性が息を切らす声と男の高笑いが聞こえる。暴漢でも暴れているのかと思い駆け付けたのが、少し前の出来事だ。


実際にはドラゴンと、それに立ち向かう女の子がいた。

遠目だから細かい所まで観察できなかったが、女の子の方は腰にまで届く金髪がとても奇麗だったのを覚えている。

月光を反射して、まるできめ細かい絹か何かを想起させた。……言動は随分と、粗暴みたいだが。

肌も白く、陶器のように美しかった。少しの衝撃でひび割れてしまうかのような、繊細な奇麗さ。

だからこそ、そんな女の子がドラゴンという存在と相対しているミスマッチさが信じられなかった。


──────俺自身、昔はヒーローになりたいだなんて夢見ていた。

誰も彼もを救える、絶対的な存在。悪を倒して弱きに手を差し伸べる、正義の象徴。

けど、そんな物はこの世界に存在しない。誰だって歳を重ねれば分かる事だ。「そんな空想の世界は現実じゃない」という常識を知って、大人になっていく。

俺だってそうだった。昔は何でもできると思っていたけど、ある日現実を突き付けられ、そんな物は空想だと知った。自分は、無力でしかないと。

……それが普通なんだ。そうでなくちゃいけないんだ。



だから、今俺の目の前で起きている光景は間違いであるはずなんだ。



空想から飛び出してきたようなドラゴンが、触れるだけで折れそうな女の子に襲い掛かろうとしている。

その刃の如き爪を突き立て、少女の心臓に突き刺そうとしている。それがどういう結果を生むかなんて、誰がどう考えても明白だ。

俺はその必然の結末を予測して、自分にできる事が無いと分かっていながら、前に出てそれを止めようとしていた。


「やめ──────……!!」

{“汝、己が信仰を風と説くなれば、我は隆起せし大嶽となりて、その風を分かつ壁とならん”!!}

「…………え?」


女の子が、何かを呟いた。その瞬間、理解できない現象が起きた。

既にドラゴンがいるという理解不能な状態にあるのだが、これはおいておく。

女の子の目の前に、突如として巨大な岩が、次々と()()()()()。それも1つや2つじゃない。幾つも幾つも──────ドラゴンを圧し潰すかのように、大量に。

まるで彼女の言葉がそのまま現実となったかのように、その光景は現実離れしていた。

このまま公園の地形が変わるんじゃないかと思うほどの勢いで、ドラゴンは全身が岩によって封じ込められた。


「圧し潰せェ地盤席捲(ロックン・ロール)ッ!!」

『ふははははははは!!! 面白い!! 全くもって身動きが出来んぞ!?

 流石は"機関"直属のロゴス能力者! 俺を飽きさせぬことに関してはプロよ!

 次はどの様な力を見せてくれる!?』

「次なんざねぇよ。今日はこれで終いだ。

 テメェもいつまでも竜形態を維持できるわけじゃねぇだろ、人間災害」

「な……何だよ、これ……。何が起こっ──────」

「なンダァ? …………チッ。最悪だ」


情けない事に、俺は腰が抜けていた。

何が起きているのかすら理解できずに、ただ恐怖にも似たか細い声を吐き出すのが精いっぱいだった。

それが災いしてしまい、俺は女の子に気付かれた。ドラゴンのほうじゃなかったのが幸いだが、女の子は明らかに不機嫌そうに舌打ちをした後に、こちらへずかずかと近づいてくる。

明らかに目つきが悪い。怒りや憎しみとはまたちょっと違う。苛立ちとも表現できる顔つき。

そんな可憐で美麗な見た目とは似ても似つかない口調と表情で、彼女は俺を問い詰めた。


「見たか?」

「…………え?」

「見たか、つってンダよ。鼓膜に風穴開いてんのかテメェ」

「え? あ、はい……。見ました……」

「……ッハー……」


俺はその迫力に負け、つい頷いてしまう。

そんな俺を見やる彼女の眼つきは、明らかに獲物を始末する仕事人のような冷徹を帯びていた。

………………まさか、見られたからには生かしちゃおけないとか、そういう?

そんなベタな理由で殺されるはずが。そう考えていると、女の子は静かに呟いた。


「悪いが、見られたからにはこうするしかねぇンダ」

「え? ちょっと、何を……?」

「あばよ」


そう言って女の子は、俺の顔にゆっくりとその掌を伸ばしてきた。

その細い指はとても奇麗で飴細工のような華奢さと繊細さが……とか考えている場合じゃない。これは明らかに嫌な想像が的中した流れだ。

待ってくれ。俺はまだ生きる目的があるんだ。まだ死にたくない。

だがそんな事を口にする暇も無いままに、女の子の指先が俺に触れる。

いやだ。待ってくれ。そんな…………!!



「殺さないでくれええええええええええええええ!!!!」



そう大声を出して、俺は自室のベッドからばねの様に飛び起きた。

机の上に置いてある目覚まし時計を見る。6時59分。ちょうどアラームが鳴る1分前だ。

目覚ましに頼らないで起きられるだなんて、最高の朝だ。


「なわけねぇだろ……。最悪な目覚めだ」


誰に言うでもなく、そう一言だけ呟いて俺は脳細胞を呪う。随分と酷い夢を見せてくれたものだと。

夢と言うのは深層心理の具現化と聞くが、こんなもんの何処に深層心理が反映されているのか。誰でも良いからそう問い詰めて。最悪の目覚めの怒りをぶつけたい。

だがそんな事をしている時間も無い。俺は叫び声を聞きつけて何事かと駆け付けてくる姉への言い訳を考えながら、学校へと向かう朝支度を進めるのだった。





「おはよう始くん。今日も元気だねぇ」

「どうも。おはようございます、竹内のおじさん」

「よう長久! この前のバイト、入ってくれて助かったよ!」

「おはよう斎藤さん、そりゃよかったです」


いつものように繁華街を自転車で走り駅まで向かう。

その道中でお世話になった人たちからの挨拶が飛び交う。

俺の名は、長久始。どこにでもいる一般的な高校2年生だ。

いや、一般的とは言ったが、持っている趣味が特殊と言えば特殊かもしれない。

この飛び交う挨拶たちは、その趣味の副産物だ。


人助け。それが俺の趣味……と言うべきか、生きがいと言うべきかは分からないが、とにかく人よりも秀でている部分と自負している。

困っている人を放っておけない……というより、気付いたら身体が動いている。そう言う性分を持っている。

そんな事を繰り返しているからか、長く住んでいる街だけあり、多くの人と自分は顔見知りだ。

必然的、挨拶が飛び交うこの光景も日常茶飯事となるのだが、急いでいる時は勘弁してほしい。

そりゃあ可愛がってもらうのは嬉しい。誰かに覚えていてもらっているという事だからだ。


しかし姉に朝から叫んでいた理由を尋ねられ、電車出発時刻ギリギリの登校になった今や、それとこれとは話が別と言うわけで……。

などと考えている最中に、駅前で肩を叩かれ声をかけられる。


「よう長久、今日は随分急いでんだな。またバイトで夜更かしでもしたか?」

「おはよー田崎。いや……ちょっとまぁ……諸事情で……家出んのが遅れた」

「なんだぁ? あの奇麗なねーちゃんにセクハラでもかまして叱られた?」

「なわけねぇだろ馬鹿」


見覚えのある茶色い短髪と、俺も着ている単調な紺のブレザー。

そして、1年以上も見飽きた面が笑っている。こいつの名は田崎俊という。

気の置けない友人だが、あいにく遅刻の理由は話せない。ドラゴンと女の子が戦うファンタジックな悪夢を見た等と知られたらお笑い草だ。

ただでさえ学校ではあまり目立ちたくないのに、そんなおかしな悪夢のせいで話題の中心になるのは、真っ平ごめんだ。


──────本当に夢だったのか?


そんなおかしい考えが過ぎる。

あの公園に突き立った岩石の起こした震動や、ドラゴンの発した衝撃。その全てを肌が覚えているように感じる。

女の子の姿や容姿も鮮明に覚えているし、何なら俺が立っていた公園の場所が何処かも正確に覚えている。……そんな夢が、本当にあり得るのか?

だが、あの後ニュースで見ても公園に岩石が突き立ったなんて言うニュースは無かったし、ドラゴンを見たなんていう人も一切いなかった。

やはりあれは夢なのだろう。そう俺は振り払うように考えながら、2駅先にある学校の最寄り駅へと向かう電車に乗り込んだ。


………………ただ、今さっき、人ごみの中に、どこか聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。





『ああ。俺だ。問題はない。"機関"のエージェントと接触こそしたが、この通り息災だ』


重畳(ぐっど)。夕暮れには貴様にバトンタッチしよう。仕事はその後全てお前たちに任せる。

 ……何? まぁ雇用主の責任と言うものよ。奴らも、俺がいると分かれば俺と言う存在に集中する故、な』


『頼んだぞ。では共に成功させるとしよう。"醒遺物(フラグメント)"の強奪を──────』





まずは、この作品をお読みいただきありがとうございます。作者の十九六です。

「自分が0から作り出した世界を、大勢の人に見てもらいたい」。そんな真っ直ぐな思いを詰め込みました。

こういった世界が好きだと言う人の眼に留まれば、それ以上に嬉しい事はありません。

1人でも多くの人に見てもらいたいので、これから魂を燃やし全力で終わりまで突っ走っていきたい所存です。

どうか皆さま、長久始の歩む救誓譚の往く結末をお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ