初戦
つばめとかもめのお話です
私とかもめは何かと一緒になることが多かった。住んでいる場所、通っている学校、剣道部という居場所。真似をしている訳でもされている訳でもない。真似をしたいなど思うはずもない。ただ、私はかもめが好きだった。憧れていたのかもしれない。
宗松つばめ。清光学園高等部1年。その実力は高校1年に留まらず、上級生に対しても通用するものである。新学期が始まって数週間で次期部長と指名された人物でもある。背は160cm前半で、すらっとした体型。茶色がかった髪をショートカットにしており、丸顔に楕円形の目が特徴的だ。
私が剣道を始めたキッカケは「かもめに誘われたから」だった。その頃の私は何をしても中途半端で有象無象に埋もれるような人間だった。そこから引っ張り上げてくれた人物こそが、高野かもめだ。かもめは何でも出来るような人間ではなかったが、誰にでも手を差し伸べ笑顔を振り撒くような、優しさに溢れた女の子だった。かもめがそこにいるだけで、心が落ち着く自分がいた。
かもめに誘われた剣道は私とは相性が良かったようで、気づけば上級生含めた中でも1番と言えるほど強くなっていた。勿論かもめの実力は、ものの数ヶ月で追い越した。それから数年後、私とかもめは清光学園中等部に入学した。小学校時代と比べると周りの子達は今までとは訳が違う程に強かった。私達の力では全く歯が立たず、練習することを強いられる結果になった。そんなある日、大規模な大会が行われた。普通の学校じゃ参加できないような大会。しかし私達の学校はお金持ちだったためか、参加できた。勿論私達のチームは当然のように敗北し、最早開き直っておしゃべりをしていた。そして、「その時」がやってきた。
「どうして笑えるの?悔しいのに楽しいの?「負け」は「恥」なんだよ?」
そう言い放ち私達に背を向けたのは「かもめ」だった。あの「かもめ」だったのだ。
それからというもの、「かもめ」の周りからは、人が消えた。
私はかもめが間違っていたとは思っていない。ただ、誰よりも優しく手を差し伸べた彼女が放つ言葉としてはあまりにも重かったと私は思う。かもめの事は好きだったから私だけでも寄り添って生きていこうと思った。でも私は弱い。どんなに腕を磨いても、弱いものは弱いままなのだ。力ではどうにもならない、変えられない。誰かに手を差し伸べられる事があっても私から手を差し伸べる事はできないような人間だったのだ私は。だからもう、一方的にかもめを突き放す事にした。そうすれば別の居場所に追いやれると、かもめを助けられると、そう思ったのだ。
そして今日、私とかもめは数年ぶりに公式戦で戦う事になった。かもめが「先鋒」として試合に出ると言う情報を嗅ぎつけ立候補をしたのだ。今日でかもめと決別するために、かもめを救済するために、かもめをコテンパンにするという強行策を考えたついたのだ。
試合が始まった。私は別れを告げるように声を荒げて襲い掛かり、序盤にも関わらず一気に畳み掛けた。かもめのあらゆる箇所に技を打ち込み、反撃する余地も与えぬよう。撃って撃って撃って撃った。
「うアぁ!」
かもめの手から竹刀がこぼれ落ちたと思えば、彼女はその場に倒れこんだ。私の振った剣は防具によって守られていない肩や腕にも到達していたのである。腕を抑えてその場に疼くまるかもめを、なんとも言えない優越感に浸りながら見下ろした。それから30秒ほど経過した後、再び試合が始まった。次に私が選んだ手は「狙って」腕を攻撃する事だった。力と思いを込めた一太刀で全てを終わらそう。そう思った。
防がれた。わざと「普通じゃ打たれない場所に」打ち込んでいるのに。だ。つまり、かもめは予測して受けたという事だ。偶然だと思った矢先、次の一手も防がれた。その次も、その次も。私は一切小手や面は狙っていない。痛めつけるためだけに剣を振るっている。私の猛攻が止まった矢先、震える腕をゆっくり持ち上げて正々堂々とした面打ちが私目がけて飛んできた。防げないはずのない弱々しい技だった。でも、これを避けるような事は許されないような気がして、私は一切手を下さずに技を受ける事にした。
しかし、かもめが放った一太刀は空を切ったのである。かもめはもう、剣を振れるような状態では無かったのだ。気を取り直した私は、ゼロ距離からの引き面(通常は前に進みながら技を打ち込むところを後ろに下がりながら打ち込む技のこと)を全力を込めて撃ち込んだ。
その刹那、かもめはその場に倒れ込んだ。勿論私の技は空を切った。今までのかもめとしては考えられないような行動だった。かもめは嘘偽りのない子なのに、誰がかもめをこんな風にした?アイツらか?パッと出の有象無象の所為でかもめは変えられてしまったのか?ふざけるな。私はこんなにも「かもめ」のことを思っているのに、横からジャマをするのか?
……私は「また」敗けるのか?
試合が終了した。一度も技を決めきる事はできなかった。かもめが打った技は空を切った面打ちだけだった。その後の試合は先輩のおかげもあって勝ち越し、チームとしては勝利したが、私個人としては敗けに値する。なんだかんだあってチームとしては優勝した。ただ、こんなにも嬉しくない表彰台は初めて登った。帰りの道はかもめと殆ど同じだったが、話さずにできるだけ距離をとって歩いた。ずっと後ろで歩いていた「かもめ」が、帰り際に放った言葉は今後一生忘れる事は無いと思う。
「負けてはないから恥じる事はないよ!じゃあまた明日!」
この先に何が待っているのか。真っ暗になった世界を私達は「一緒に」歩み続ける事になる。
ー宗松つばめ
次回は御鈴の母が主人公になる予定です