発覚
主演 前田雅仁
今日の稽古の空気は今までになく重かった。俺は平田高校に通っている前田雅仁高校3年生だ。一応剣道部の部長を任されている。今日は新学期が始まってちょうど1週間後の土曜日だ。この日は新入生と共に面をつけて練習ができる初めての日であり、新入生のお手並みを拝見する日でもある。というのは、1年生同士で実際に試合をしてもらう事になっているのだ。新入生は男子5人女子3人でどちらも奇数であったので、1人ずつ余りが出てしまう状況だった。普通に考えれば余った人同士で試合をさせるのだが、顧問である木原先生の指示で2年生からも男子女子1人ずつ選出して新入生と試合をさせる事になった。
この決断は最悪な結果を生んでしまった。唯一の女子部員である梶本は新入生である麻倉御鈴という女に惨敗してしまったのだ。梶本は女子としてたった1人でこの1年頑張ってきた。彼女は県でも有数な、かなり強い部類の選手で、部内で見ても男子よりも強いと密かに思われている人物なのだ。
そんな彼女が一瞬にして敗北したのだ。相手となった麻倉御鈴は誰もが考えないような剣道をする人物だった。梶本は手も足も出ずに負けてしまったように思えたが、主審を任された俺から見れば、麻倉御鈴の剣先は時間がゆっくり動いているかのようにスローモーションでかつ大振りに見え、梶本ならば簡単に避けられることは明らかだった。最初に梶本が打たれた時はわざと打たしたのかとも思え、その姿はあまりにも滑稽に見えてしまった。「試合はただの見せ物ではない。殺し合いだ。」と木原先生から教わっている俺たちにとって、試合中にそのようなことをするのは禁忌を犯すことと同義である。梶本のした行為は絶対に先生の癪に触ることを恐れた俺たちはそれを無かった事にして試合を続行するつもりでいた。が、木原先生の今までに感じたことのないような圧を持った一言に応じ、麻倉御鈴に旗を上げた。二本目に入っても信じがたい光景は続き、結果的に俺たちはこの異質漂う空気に取り囲まれる事となった。
試合形式の稽古が終わったあとの残りの時間は、フリープレイのように好きな人と自由に試合稽古をする事になっている。先生が居る時は真っ先に先生に声をかける。が、今日に至っては麻倉御鈴が気になって仕方がない。俺はあろうことか木原先生ではなく後者を選んでしまった。先生に対して無礼であることはわかっている。それでも事の真意を自分の体を使ってでも確かめる方が今の剣道部には重要だとこの時は考えた。
結果、彼女は本物だった。今まで男子と戦ってもほとんど負けなしだった俺でも打たれた。一度だけ彼女の面を捉えかけた。が、本数的に負けは濃厚だった。彼女も強いとは思うが、戦い方がわからないというのが大きかった。とりあえず梶本が負けたのは偶然ではない事が部員全員に知れ渡った事により、麻倉を見る目が変わったように思える。それと同時に部活自体に活気が出たようにも思えた。
稽古が終わり制服に着替えた後、少し時間をとって自己紹介をする事にした。これと今日の試合内容を比べれば、中学時代にどれだけ練習していたのかがわかる。恐らくみんなが気になっているのは麻倉の出身校だろう。俺もその1人だった。
「妃姫学園出身、11Rの麻倉御鈴です。趣味は…」
「ええええぇぇっ!!」
大きな声で驚いたのは梶本と坂本だった。俺はいまいちピンときていなかったが女子はかなり驚いているようだった。
「妃姫って…もしかして御鈴ちゃん、全国大会とかも出てた…!?」
全国というワードが出た時点でどれだけの名門かが分かった。それはそうか。あれ程の力を持っているのだから名門に通っていても変ではない。
「いや、私、部活は入っていませんでしたので母校のことはよく分かってないです。」
「え…?」
俺も梶本と全く同じ反応をしてしまった。ならば一体どうしてそこまで強いのだ。その裏付けができないだろう。
「どうして入部しなかったん?」
「そこまでにしておけ。困ってるだろ。次いけ次。」
咄嗟に出てしまった俺の無礼すぎる質問は木原先生によって上手くかき消された。結局謎は謎のままだがとんでもない力を持った1年生が入部してくれた事だけは確かだ。これは俺たちにとってもとてもありがたいことだった。1人強い人間がいるだけでそれに着いていくかのように周りも強くなるというような、スポーツ界隈ではありきたりな現象が起こることはそう遠くない未来だろう。俺たちが引退しても平田高校剣道部はどんどん強くなる。そう思うだけで部長として抱えるものがどっと軽くなったように感じる。
ー前田雅仁
先輩大進撃