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麻倉御鈴の剣道日記(あさくらみすずのけんどうにっき)  作者: フェリオ
麻倉御鈴という女
3/23

体験

主演 坂本(さかもと)あかり

 今日は何をするのだろう。あ、今話しているのは、いや書いているのは私。名前は「坂本(さかもと)あかり」という。名前とは裏腹に私自身は真っ暗な人間だ。これも何かの因果なのだろう。今日は入学式の次の日だ。昨日は私達生徒が声を発する機会はほぼ0(ゼロ)であったおかげでとても生きやすかったが、今日はどうなることやら。平田高校までは時間はかかるが徒歩だけで行ける。が、今日は防具袋と竹刀を担いできたのでバスで来れば良かったと後悔した。というか自転車が欲しい。家に帰ったらお母さんにそう言って買ってもらうしかない。理由を聞かれたら「防具袋が重すぎて学校に遅れる」とかなんとか言えば仕方なく買ってくれると思う。それにしても防具袋を持ってきたはいいが、本当に今日、剣道ができるのだろうか?それにしても音楽を聴きながら歩くと思ったより早く目的地につけた気分になる。気分になるだけで実際はもう遅刻の一歩手前であった。教室に入ると既に席はほとんど埋まっており、多くの人間に私の醜態を見られる羽目になった。しかしながら今日もありがたいほど静かだ。話している人は昨日に比べたら少し増えた方ではあるが、まだコソコソ話程度だ。私はずっとイヤホンをしていればいいので全然気にならない。防具袋は場所を取るため、私の席の周りには偶然、いや必然的にバリケードが建設された。私のような人間にはうってつけだ。席について一息つこうとスマホをいじろうとしたら威勢のいい女教師が教室内に入ってきた。


 「おはようございまーす!じゃあ朝の会始めるよー!起立!気をつけ、礼!おはようございます!」


 「おはようございます!」


 と言ったのは私じゃない人だ。にしてもこの女教師、本当に私が嫌いなタイプの人間だ。顔面が既にポジティブ思考なのだ。このような顔を見るだけで、もう既にこの学校に生きづらさを感じる。生きづらい世の中での時間感覚は自分が思っているよりもスローになる。時間の経過がスローに感じてしまう世界は大嫌いだ。早く家に帰ってアニメが見たい。いや待てよ、確か「怪人魔女マシロ」の新刊発売日って今日だよな?やはりそうだ!うわー早く見たい。いやーなー今日の部活体験って何時までだろう。15時とかだったらいいなー。


 「…さん!坂本さん!坂本あかりさん!」


 「はい!」


 何回呼ばれた?一体何回名前を叫ばれた?クスクス笑われるのはもっと大嫌いだ。笑うなら普通に笑って欲しい。てか知らないうちに出席確認が始まっていたのかよ。びっくりしすぎてへんな声で返事してしまったではないか。こういう事がキッカケで、少しずつ色んな人から距離を置かれていくんだ。最初っから離れているわけではない。少しずつ、いや人よっては一気に距離をつき離していく強者もいるが。私は離れたいと思って離れているわけではない。なんなら縮めたいくらいだ。それでもなお距離が離れていくのは生まれ持った才能であると自己完結するしかない。この世には「開き直った」人間と「何も考えてない」人間の2種類が存在する。私は後者の人間には絶対になりたくない。と言っても今の現状に開き直っても良くないとは思っている。変えたい。その一心で今日は防具袋を担いできたんだ。言葉無しには縮められないものも剣道を通じてなら縮められるはずだ。もう私が頼れるものは剣道しかない。常人に理解できる趣味がこれしか無いのだから。


 「よし!出席取り終わったね!さっそくだけど自己紹介やっちゃおうか!」


 あー終わった。いっちばん大嫌いなイベントが来てしまった。名前と出身校言って「よろしくお願いします」で終われる系のやつじゃないやつだもんこの流れ。あーあーどうしよ。趣味は安定と信頼の「音楽を聞くこと」で済ますとして、学校で頑張りたいことかぁ…剣道でいいか。私の出席番号は11番なので私の番はあっという間にやってくるだろう。それ故、そこまで内容を練る時間などなかった。


 「坂本あかりです。出身校は菅野中学校(すがのちゅうがっこう)で剣道部でした。趣味は音楽を聞くことで、学校では部活の剣道を頑張りたいと思います。よろしくお願いします。」


 完璧だった。一言も噛まずに言えたし変に思われる部分は0だ。一つ懸念点を挙げるとするならばドヤ顔で終わってしまった事だけだ。いやそんなことは関係ないだろう。あとはここで安静にしていれば1日が終わる。学校なんてそんなもんだ。


 自己紹介が一通り終わると委員会などの役職決めが始まった。私は基本、余った物に立候補する。その後は何も言わずに傍観していれば終わる。結局私は清掃の係を受け持ったが、何だか性に合っている気がした。長い半日を終え、お昼ご飯の時間を経て、ついにその時が来た。「部活体験」の時間である。私は防具袋を担いで颯爽と武道場に向かった。


 「こんにちは!部活体験はできますか?」


 「あ!早いね!もちろん!こっちに来て!部室に案内するから!」


 案内をしてくれたのは既に道着を着た小柄な女子部員だった。部室はそれなりに広く、人6人くらいは入りそうだった。にしてもどうして剣道がらみの話になるとこんなにも上手く話せるんだろう。


 「ここで道着に着替えたら防具を持って外に出てきてね!」


 「了解です!」


 体に染み付いた手つきで道着に着替えていると、2人の女子生徒が”一緒“に部室に入ってきた。2人とも同じくらいの身長だ。1人は黒髪ロング、もう1人は茶色がかったショートヘアの子だ。2人とも顔が整っていて、私とは全く違う人生を楽しく生きてきたのだろう。


 「はじめまして!藤巻(ふじまき)未来(みらい)って言います!もしかして1年生ですか?」


 「そうです。あなた方も同じですか…?」


 「はい!よろしくね!「みらい」って呼んでくれればいいよ!あなたの名前は?」


 「私は坂本(さかもと)あかり。よろしくね、未来。であなたは?」


 「あかりさんはじめまして。麻倉(あさくら)御鈴(みすず)です。これから一緒に頑張りましょう!」


 「御鈴に未来か。よろしく。道着に着替えたら外に防具持って出てきて欲しいって先輩が(おっしゃ)ってたからよろしく。」


 「了解!あかりちゃんありがとう!」


 「ありがとうございます!」


 そう言ってドアを閉めた裏でキャッキャキャッキャとお話ししているのが聴こえてくる。あぁどうして既にここまで仲を深められるのか。正直羨ましい。


 「お!じゃあこっち来て!ここに整列して防具を付けるの。最初は素振りから始めるから私たちと同じように「垂れ」と「胴」だけ付けてね!」


 「了解です!先輩は何て…」


 「あ!私は梶本(かじもと)美柑(みかん)!みかん先輩って呼んでくれると嬉しいな!」


 「了解です。美柑先輩!」


 防具を身に付けるのは意外と久しぶりだったりする。最後につけたのは受験前の10月だ。あれから半年ほど剣道をしていない。正直久しぶりの稽古に緊張までしている。防具の付け方は体に勝手に染み込んでいるので忘れる事は無い。垂れまで付け終わった頃に御鈴と未来も表へ出てきた。


 「ここに整列して胴まで付けるらしい。」


 「了解!ありがとうばっかだね!」


 「ありがとうございますあかりさん!」


 人から感謝されることに慣れていない私は、こういう時にどういう顔をすれば良いのかも分からない。そういう時は必ずと言っていいほど「ドヤ顔」を作ってしまう。自分の意思で変えられないことに関しては開き直るしかない。なので私は自分の「ドヤ顔」を誇りに思うことにしている。


 「これで全員かな?3人でも来てくれただけで嬉しいよ!未来ちゃんありがとうね!改めて、うちは梶本美柑。2年生で、女子は現状うち1人なんだー。でもみんなと楽しく剣道やれてるから心配しないで!これからよろしくね!」


 「美柑先輩よろしくお願いします!」


 「うん。よろしく!防具付けたら素振りが始まるまで「すり足」とかで体あっためといてね!うちのやってる事真似するだけでもいいから!」


 そう言って美柑先輩は武道場に引かれた線から線までの範囲を声を出しながら往復し始めた。「すり足」というものがその名の通り普通に歩くのではなくて床に足を滑らすようにして前に移動するものである事は知っていたが、純粋にすり足だけを行うというのは、見ることすらも初めてで、やってみると案外上手くいかない。というのも、美柑先輩のすり足はほとんど体が上下する事なく前にすらすら進むのに対し、私はドタバタ足音を立てながら進んでしまうからだ。自分の姿が滑稽すぎて率先してやるには苦痛すぎる。

 

 「あかりちゃん、どう?難しい?」


 「え?あーうん意外とね。」


 「よし!私もやってみる!」


 にも関わらず余裕そうな態度を取ってしまう私にはもう救う余地など無いだろう。ただ、未来も私と同じくドタバタしながら進んでしまっている。それでも彼女は充分そうな顔をして何度も往復している。自分ができていないことに気づいているだけ、私の方が上だと思ってしまう私は、本当に性格が悪いと思わざるを得ない。


 「素振りの時間だから3列で並んで!」


 「はい!…竹刀持って、あの人の隣に並んで!準備体操とかやるから!」


 「はい!」


 準備体操と素振りは普通だった。素振りというのは面を付けずに竹刀を振るう事であり、中学校の時とさほど変わらない練習内容だった。束の間の休憩のあと面を付ける…はずなのだが、私達1年生は面を付けずに腕に付ける防具である小手だけをはめて練習することになった。その練習というのが、元<技を受ける人>となった4名が1mほど間隔を空けながら立ち、それぞれが竹刀を横にして待つ。そこに残った人達が順に打ち込んでいくというものだ。端的に言えば1人4回面打ちしたら打たせる側の人1人と変わるローテーション形式の練習という事だ。この練習も中学時代で良くやったものなので、そんなに疲れはしない。ただ、中学校と比べて、竹刀の重さと長さは変化したため、思ったよりリズム良く打ち込むことはできなかった。中学校時代、大会でよく上に上がってきていた男の子はリズムよくかつ強い打突ができていた。その他だと、御鈴の打ち込みがとても綺麗だった。少なくとも彼女の出身校は私達と同じ市内では無いことは明らかだ。なぜなら私の知らない道場に通っているのが彼女の垂ネームからわかるし、大会で彼女を見かけた事は一度もないからだ。恐らくどこかの強豪校から来たのであろう。そんなこんなであっという間に「私達」の稽古時間は終わってしまった。先輩方はこの後も引き続き練習をするらしい。私達は一礼して部室に入り、少々練習の感想などの話をして武道場をあとにした。


 にしても御鈴は綺麗だった。彼女の剣道だけではない。顔も体もだ。なんと、彼女は極め付けに「さらし」を巻いていたのだ。御鈴こそが本物の剣士なのかもしれないと、今も思っている所存である。


ー坂本あかり


次も剣道します

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