受験
主演 麻倉御鈴
「失礼します。」
面接会場には優しそうなお兄さんと怖そうなおじいさんが座っていた。
「名前と受験番号を教えてください。」
「はい。受験番号216番、麻倉御鈴です。よろしくお願いします。」
その後は「志望理由」や「高校生になったらやりたい事」、「中学校で頑張った事」のようなシンプルな質問ばかりだったため、面接自体はスムーズに進んでいた。
あの質問が飛んでくるまでは…
「僕からの質問は以上ですが、木原先生。他に何か聞きたいことがあればよろしくお願いします。」
「はい。では、ここで1つ質問です。あなたの出身校である妃姫中学校は部活動が盛んであることで有名ですが、どうやらあなたは部活動に所属していなかったようですね。…それには何か理由があったのですか?」
「それは…。」
痛いところを突かれて言葉がつまり、急に体が汗ばんできた。
「け、剣道が好きだからです!」
ーーー
「御鈴―!起きてー!!!」
今日も母の声で目を覚ます。その日もいつも通り、なんの変わり映えもしない「朝」がやって来た。もう春が近いのに、床は凍ったように冷たい。
「今日合格発表の日でしょ!いやぁ。緊張するね!!」
「うん。」
正直、筆記試験の方はぎりぎり合格点には届いていると思う。しかし、面接の方は思い出そうとすると頭が拒否してしまうため不確かな記憶だが、確か「剣道」の話をおじいさんと熱く繰り広げたようなそんな覚えがある。どうしてこんなことになったのか、そんな事はもう考えないように今日まで過ごしてきた。
「じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい!頑張ってね!祈ってるから!!」
「頑張って」と言われても、今からではもう遅い事はお母さんも分かりきっていた事だと思う。それでも、お母さんはそう言って私を見送るのでした。
私が受験した神奈川県立平田高校は私の地元からかなり遠く、電車とバスを利用しても約1時間かかる所にある。そのため、地元でこの学校を受験した人は私を除いて誰もいない。(元々そのつもりで受験をしたのだが…)
そういう訳で、電車の中でも、バスの中でも、ずっと独りだ。一昨日買ってもらったばかりのスマホは、勿論いじる事もできない。そのため、いつも通り電車の座席に座って人間観察に没頭する事に決めた。
始めてすぐに、目の前に立ち並んでいる人達は、私と同じく平田高校の合格発表に来た受験生である事が彼らから盗み聞いた会話から判明した。男子と女子、合わせて7人程で固まって吊り革の前に立っていた。無論、彼らからは嘲笑うような視線を感じた。その視線を防ごうと、扱う事もできないスマホのホーム画面を適当に触ってその場をやり過ごした。
電車の後はバスに乗り換える。バス内ではどうにか「1人席」を確保することに成功し、とりあえずはホッとした。いやはや電車に乗るだけでこんなにも疲れるものなのか。1人でいることは嫌いじゃなかったが、他人に見られていると分かっていても、じっとその場に座っていられるほど私は勇敢な人では無かった。でも、他人に頼っていかないと生きていけないことはわかっている。この世界の理なんて人1人の力では覆すことはできないのだから。つまるところ、この「バス乗り場」だってさっきの集団に付いてきて辿り着いただけで、あの人たちがバスから降りたら同じ場所で降りるつもりでいる。理由は勿論、1人で行動するよりもみんなで行動する方が安心に決まっているからだ。ただし、彼らと一定の距離は取って、あたかも全て知っているかのように振る舞う。そういった工夫は怠らないようにしている。こうすれば誰にも、何も悟られずに、安全に目的地に到着出来るという訳だ。
バス停である「平田高校前」から目的地までの距離はかなり近かったようで、バス停を出て1分も歩かないうちに合格発表に来たであろう人達によって作られた行列を確認する事ができた。
そのせいで、またしても、私の前に彼らが立ち並ぶ構図が作られてしまった。さらには新しい集団が、私の後ろに立ち並んできて、集団と集団に挟まれて、もう既にここから逃げ出してどこか遠くへ行きたい気持ちになってしまった。それでも私は1人ながらにスマートフォンをいじる「フリ」を続けた。何度もオンとオフを繰り返し、画面が明るくなるたびに見える時刻だけが私の目を通じて脳内に入り、騒がしく踊っていた。
…5分程経った頃だろうか。列の近くで封筒の中を確認し、その後、下を向きながら帰る女の子を見たのは。
残酷だった。
まるで少し時間が経った後の私を見ているような。未来の私を暗示しているような。そんな気持ちになるのなら合格発表なんて見ずに帰りたい。特に“1人”でいる私のような人間は。合格発表というものはあんなにも孤独に悲しませるものなのか。
気が抜けたようにぼーっとしているといつの間にか私の番になっていた。封筒を受け取った私の手は無意識に震えていた。先生らしき人は笑顔で封筒を渡していたが…もしこれが地獄の切符だったらと思うと、まるで悪魔やサイコパスの部類ではないか。
列に背を向けて、ポッケに入れておいた「お守り」を取り出し、それを強く握りしめながら封を開けた。中身には重厚感なんてない薄っぺらい紙が1枚だけ入っていてそれが二つ折りになっていた。恐る恐る薄っぺらい紙を開いてみると「否」の文字が見えて天を仰ぐ。再度見直すと合否結果の「否」だったらしく結果は合格。ん?合格?
「え!!!」
大きな声を出してしまい、思わず列に振り返ってしまった。信じられない。まさかあんなおかしな面接をしたのに。合格できるなんて!とりあえずお母さんに連絡をしないと。指紋認証が上手くいかないので普通にパスコードロックを解除してすぐさまLINEを開き、「合格したよ。」とまるで合格して当然のような感じでメッセージを送った。が、内心は感情が大爆発していた。「良かったー!!!今日はご馳走だね!!」だってお母さんありがとう。さっきまでは嫌に感じていた視線も、もう気にはなくなった。春なのに桜も散らない寒い寒い1日でしたが、ずっっと暖かい気持ちで入学手続きをして颯爽と自宅に帰った。
ー麻倉御鈴
週一投稿予定。
「俺の相棒だけハンバーガーな件」も是非読んでいただけると嬉しいです。