#8 騎士団にて
「おはよう」
「おはよう。今日は早いな」
空が白み始める頃、王宮騎士団の寮内の食堂にアルはいた。 今日は騎士の仕事は休みなので、『魔女の相談室』への出勤日だ。
休みの日は、いつもより早く起きて、鍛練を済ませて朝食を食べてから店にいく、というのが最近のルーチンになっている。
『休みなんだからちゃんと休んでください!』とエルザに怒られるが、店にいくのが楽しみで、眼が覚めてしまうのだ。
アルに声をかけてきた男性の向かいに朝食のトレイを置き、腰を下ろす。
「あぁ、今日は例の『出勤』の日か?」
声を掛けられたアルは、かぶりついたベーグルサンドをもぐもぐとほおばりながら、コクリと頷いた。
男性は読んでいた新聞をたたみ、顔にかかる濃紺の髪を耳にかける。
口角を上げて、面白いものを見るように、まじまじとアルを見つめている。
アルは牛乳をぐいっとあおると、空になったコップをテーブルに置いた。
「あのアルがねぇ…休みの度に女の所に通うとは。いやぁ、俺としては心にクるものがあるよ~」
男性はとても感慨深そうに頷く。
若干芝居じみた大げさなジェスチャーに呆れたアルは、それを軽くあしらう。
「ロイはうるさい。それ何回いうつもりだ?」
「わかってるよ。あくまで訓練のため、だろ?」
ロイの長めの前髪から覗く琥珀色の眼がキラリと光る。
お調子者っぽい彼は、アルに負けないくらい整った顔をしている。
そのいい顔がニヤッと笑い、だけどさ、と話を続けた。
「理由はどうあれ、お前が自分から女に近づいていくとか、信じられないんだよ~。」
「はいはい」
「かわいいの?魔女の子?」
「お前……」
声のトーンと顔が急に真面目になり、ぐぐっと身を乗り出してきたロイに、冷たい目線を送る。
彼はたくさんの女性達とお知り合いになるのが楽しくてたまらない、恋多き男だった。
呆れて無視を続けるアルの目線になんとか入ろうと、必死に体をグネグネと捻る。
「なー紹介しろよー。いいだろー。アルくぅーん。」
「ダメだ。エルザはそういうタイプじゃない」
「なんだよーぅ、ケチ。俺もエルザちゃんとキャッキャウフフの特訓したいんだよーぅ」
「……しまった!」
つい名前を出してしまった。
思わず口に手を当ててしまうがもう遅い。
ロイは『エルザちゃんかー、かわいい名前ーフフフ』と、一度聞いた名前を忘れぬよう、刻み込むように呟いている。美形が台無しになるほどのデレデレとだらしない笑顔だ。
「ロイ、今の忘れてくれるよね?」
呼ばれたロイが振り向くと、恐ろしい笑顔のアルが、ロイに向けてゆらりと手をかざしている。
そこには今にも破裂しそうな、拳くらいの光球がチリチリと音をたてていた。
「あ、ボクってば、書類が溜まってるのでそろそろいかなきゃ~」
言うが早いか、ロイはあっという間にアルの間合いから逃げ出し、食堂から出ていった。
アルは、エルザには絶対に見せられない凶悪な顔で、憚ることなく『ちっ』と大きく舌打ちをした。
「がんばれよアル」
食堂の出入り口からサッと顔を除かせたロイが、一言言い残して去っていった。
アルは小さく息を吐いて、彼が去った方を見ていた。
ロイはアルの事情を知っている。
女性達からさりげなくかばってくれたり、体調を崩した後のフォローもしてくれる、とても面倒見のいい男なのだ。変態だが。
これも彼なりの激励だということもちゃんとわかっている。
アルもそれに感謝して、信頼している、大切な友人の一人だ。
しかし、それはそれ、これはこれ。
やっと呼べるようになった彼女の名前を、簡単に呼ばせる訳にはいかない。
「エルザに関する記憶を消してやろうか……」
真顔でぼそぼそ呟いて、食堂をでる。
自分の部屋に向かいながら、今日は店で何をしようかと考える。
すると、荒んだ気持ちが撫でられるように落ち着いていく。
まるで癒しの魔法じゃないか、とアルは胸を踊らせていた。
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