#7 名前
いつのまにか、なんだか幸せそうな顔をしたアルに、宝物を扱うようにそっと手を取られていた。
これは?……何?と、エルザの頭の中は疑問符でいっぱいだ。
彼はなぜそんなに、嬉しそうなんだろうか?
いろいろ考えた末、これは『友達への丁寧な握手』である、とエルザの脳内で結論が出た。
しかしいくら握手だとはいえ、ちょっと、いやかなり照れ臭い。
手を離した方がいい気がするが、動けない。
なんとも言いがたい空気を変えるべく、視線を外しつつ軽口を叩く。
「くまのぬいぐるみの門下生とか、言われちゃうんですよ」
一瞬、眼を丸くしたアルはプハっと吹き出し、笑いだした。同時に、優しく包まれていたエルザの手は、緩やかに解放された。
「……心配してくれてありがとう。でもそれホントの事だしなぁ」
悪戯っぽくにっと笑うアルをみて、エルザにもクスっと笑いが漏れる。
何かあったら、その時に考えよう。
アルと一緒に、対処していけばいい。
彼は悪い噂に負けるような人ではないだろう。
そう考えたらフッと気持ちが軽くなった。
心配の種がひとつ消えたような、スッキリとした気持ちだった。
「そういえば、ドロシーが来たとき、大丈夫でした?」
意味合いは大分違うが、来店したドロシーに身を寄せられ、固まっていたことを思い出した。
襟ぐりを掴まれ、ブンブンと振り回されていたので、身体的なダメージも気がかりだ。
思い出したのか、アルが遠い眼で、力なく笑う。
「…うんまぁ、大丈夫だけど無事ではないって言うか…。別の意味で」
「ごめんなさい、アルさんの話をしておけばよかったんだけど…。ドロシーはちょっと心配症で」
「見てたらわかるよ。……いい友達だね。俺とも友達になってくれた」
「よかった!女性の友達、出来たじゃないですか!あっという間に目標クリアですね!」
エルザは嬉しさが押さえきれずに、花開くような満面の笑みを見せる。
それを見たアルは、自分も幸せな気持ちになっていることに気付いた。
胸の奥がジンジンと暖かく、喜びや幸せが溢れる、これまでにない不思議な感覚だ。
顔が緩んでいき、自然とエルザに優しい笑みを向けていた。
「自分の友達同士が仲良くなるって、なんだか不思議ですね」
全く接点のなかった友人同士が、自分を介して仲良くなることが、新たな世界が広がった気がして、エルザは少しだけワクワクしていた。
みんな知ってるはずなのに、いつもと違うようで、なんか不思議…と考えていたら、アルが笑顔のまま、ジッとこちらをみつめているのに気付いた。
「どうしました……?……あ!わ、わたし、友達とか言っちゃったから…?」
「……全然。むしろそう思ってくれて嬉しい」
アルに対して親しみを感じて『友達』と言ってくれた事が嬉しかったのは事実。
しかし同時に、『嬉しい』とは正反対の、何かわからない感情がギクリと動いたのも感じていた。
それが何なのか、理解するにはもう少し時間がかかりそうだ。
ふと顔を上げたアルは、何かに気付いたように、あのね、とエルザに呼び掛ける。
「友人として、お願いがあるんだけど」
「何でしょう?」
「魔女殿じゃなくて、エルザ、って、呼んでもいい?」
「へぁっ?」
「実はさっき、つい呼んじゃったんだけど」
なかなか自然に呼べなくて、と照れ笑いを浮かべている。
まぁ!いい男の照れた顔なんて…、眼福というやつだわ!とつい拝みそうになって、現実に戻ってきた。
あり得ないことに思考がついていけてないが、お願いされているのは、エルザだ。
仲の良い友人同士であれば、男女がお互いに名前で呼び合うことはそう珍しいことではない。
エルザは自分の心を読まれたのかと錯覚する。
これまで2人が楽しく話していても、名前だけは『魔女殿』と距離があった。
親しくなるにつれ違和感が大きくなっていくと、少しだけ寂しく感じていた。
もっと距離を縮めたいと、アルもそう思ってくれていたということだろうか。
いや、カイン達が来て、アルも仲間に入りたいと疎外感があったのかもしれない。
そうなると、さっきの握手みたいなちょっと不可解な行動も説明がつく……のか?
エルザが考えれば考えるほど、さっきの丁寧な握手を明確に思いだし、どんどん恥ずかしくなってきてしまう。
顔も熱くなってきたので、きっと赤くなってる。
よし、考えるのはやめよう。
「そ、そうか~、みんなそう呼んでますもんね。オッケーです!好きに呼んでください」
なんだー、そっかそっかと妙なテンションでむりやり納得していると、アルが軽く咳払いをして姿勢を正す。
「エ、…エルザ」
「…そうやって構えるから呼べないんですよ!」
「エルザ」
「はい、ふふふ、へんなの」
エルザの名前を呼ぶだけなのに、すごく緊張してるアルがおかしくて、ふにゃ、と思わず緩んだ笑みがこぼれた。
その柔らかい笑みを見て、心を許されたような気がして、アルも笑顔になる。
「エルザ……やっと呼べた、ありがとう」
アルの笑顔から、喜びが伝わってくる。
エルザは、大げさだわ、と言いつつ、つられて微笑んだ。
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