表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/55

#7 名前



いつのまにか、なんだか幸せそうな顔をしたアルに、宝物を扱うようにそっと手を取られていた。


これは?……何?と、エルザの頭の中は疑問符でいっぱいだ。

彼はなぜそんなに、嬉しそうなんだろうか?


いろいろ考えた末、これは『友達への丁寧な握手』である、とエルザの脳内で結論が出た。

しかしいくら握手だとはいえ、ちょっと、いやかなり照れ臭い。

手を離した方がいい気がするが、動けない。

なんとも言いがたい空気を変えるべく、視線を外しつつ軽口を叩く。



「くまのぬいぐるみの門下生とか、言われちゃうんですよ」



一瞬、眼を丸くしたアルはプハっと吹き出し、笑いだした。同時に、優しく包まれていたエルザの手は、緩やかに解放された。



「……心配してくれてありがとう。でもそれホントの事だしなぁ」



悪戯っぽくにっと笑うアルをみて、エルザにもクスっと笑いが漏れる。


何かあったら、その時に考えよう。

アルと一緒に、対処していけばいい。

彼は悪い噂に負けるような人ではないだろう。


そう考えたらフッと気持ちが軽くなった。

心配の種がひとつ消えたような、スッキリとした気持ちだった。



「そういえば、ドロシーが来たとき、大丈夫でした?」



意味合いは大分違うが、来店したドロシーに身を寄せられ、固まっていたことを思い出した。

襟ぐりを掴まれ、ブンブンと振り回されていたので、身体的なダメージも気がかりだ。

思い出したのか、アルが遠い眼で、力なく笑う。



「…うんまぁ、大丈夫だけど無事ではないって言うか…。別の意味で」


「ごめんなさい、アルさんの話をしておけばよかったんだけど…。ドロシーはちょっと心配症で」


「見てたらわかるよ。……いい友達だね。俺とも友達になってくれた」


「よかった!女性の友達、出来たじゃないですか!あっという間に目標クリアですね!」



エルザは嬉しさが押さえきれずに、花開くような満面の笑みを見せる。


それを見たアルは、自分も幸せな気持ちになっていることに気付いた。

胸の奥がジンジンと暖かく、喜びや幸せが溢れる、これまでにない不思議な感覚だ。

顔が緩んでいき、自然とエルザに優しい笑みを向けていた。



「自分の友達同士が仲良くなるって、なんだか不思議ですね」



全く接点のなかった友人同士が、自分を介して仲良くなることが、新たな世界が広がった気がして、エルザは少しだけワクワクしていた。

みんな知ってるはずなのに、いつもと違うようで、なんか不思議…と考えていたら、アルが笑顔のまま、ジッとこちらをみつめているのに気付いた。



「どうしました……?……あ!わ、わたし、友達とか言っちゃったから…?」


「……全然。むしろそう思ってくれて嬉しい」



アルに対して親しみを感じて『友達』と言ってくれた事が嬉しかったのは事実。

しかし同時に、『嬉しい』とは正反対の、何かわからない感情がギクリと動いたのも感じていた。

それが何なのか、理解するにはもう少し時間がかかりそうだ。



ふと顔を上げたアルは、何かに気付いたように、あのね、とエルザに呼び掛ける。



「友人として、お願いがあるんだけど」


「何でしょう?」


「魔女殿じゃなくて、エルザ、って、呼んでもいい?」


「へぁっ?」


「実はさっき、つい呼んじゃったんだけど」



なかなか自然に呼べなくて、と照れ笑いを浮かべている。

まぁ!いい男の照れた顔なんて…、眼福というやつだわ!とつい拝みそうになって、現実に戻ってきた。

あり得ないことに思考がついていけてないが、お願いされているのは、エルザだ。


仲の良い友人同士であれば、男女がお互いに名前で呼び合うことはそう珍しいことではない。


エルザは自分の心を読まれたのかと錯覚する。

これまで2人が楽しく話していても、名前だけは『魔女殿』と距離があった。

親しくなるにつれ違和感が大きくなっていくと、少しだけ寂しく感じていた。

もっと距離を縮めたいと、アルもそう思ってくれていたということだろうか。


いや、カイン達が来て、アルも仲間に入りたいと疎外感があったのかもしれない。

そうなると、さっきの握手みたいなちょっと不可解な行動も説明がつく……のか?


エルザが考えれば考えるほど、さっきの丁寧な握手を明確に思いだし、どんどん恥ずかしくなってきてしまう。

顔も熱くなってきたので、きっと赤くなってる。


よし、考えるのはやめよう。



「そ、そうか~、みんなそう呼んでますもんね。オッケーです!好きに呼んでください」



なんだー、そっかそっかと妙なテンションでむりやり納得していると、アルが軽く咳払いをして姿勢を正す。



「エ、…エルザ」


「…そうやって構えるから呼べないんですよ!」


「エルザ」


「はい、ふふふ、へんなの」



エルザの名前を呼ぶだけなのに、すごく緊張してるアルがおかしくて、ふにゃ、と思わず緩んだ笑みがこぼれた。

その柔らかい笑みを見て、心を許されたような気がして、アルも笑顔になる。



「エルザ……やっと呼べた、ありがとう」



アルの笑顔から、喜びが伝わってくる。

エルザは、大げさだわ、と言いつつ、つられて微笑んだ。




御覧いただきありがとうございます

よろしければ評価、ブックマークをお願い致します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ