#6 理由
考えている事をアルと2人でしっかり話すように、カイン達は帰っていったのだろう。顔に出ちゃったかな、とエルザが小さく息を吐く。
アルがこの店で働くことが彼の汚点になりはしないか、エルザはその事がずっと気になっていた。
彼はあくまで『お手伝い』なのに、真面目で一生懸命だ。
そして、なんでも楽しそうに仕事をする彼を見ていると、ほっこりと優しい気持ちになれる。
すでにエルザの店の癒しの存在となっていた。
女性が苦手だという事情を、アルは周囲に隠していないと言う。
しかし聞くものによっては、それはゴシップの材料でしかないだろう。いくら髪の色をかえても、いつどこからバレるかわからない。
上の立場にいる者を蹴落したいと思っている者にとっては、格好の獲物になってしまう。
そんな嫌な人達のせいで、彼の心や名誉に傷ついてしまうのなら、店に来るのはやめた方がよいのではないか―――――
そう思っていたのだけど、先ほどのアルとカインのやり取りをみて、考えていた。
アルは何を望むのだろうか、と。
「……アルさん、あの、」
「隠してた訳じゃないんだ、ごめん!」
ほぼ同時に切り出したが、アルの言葉が少しだけ早かった。
「店にいちゃダメかな?」
しゅん、としているアルは、なんだか怒られてる大型犬みたいにうなだれている。
彼の事を迷惑だ、なんて思ったことはない。居てくれた方が嬉しい。
それはきっとこれからも変わらない。
アルにこれ以上辛い思いをして欲しくない、という一心しかないのだ。
「…びっくりしたけど、その事はいいんです。私、アルさんが傷つくと思って」
「……?」
「女性に慣れるためって事情があっても、そんなのおかまいなしに、ないこといっぱい、嫌な噂を流す人っているから……。王宮騎士団なんて、地位のある人なら尚更だから…。そうなったら、傷つくのはアルさんでしょう…?」
「……俺の事…?」
思いもよらない理由に、アルは驚いて眼を瞠る。
アルに接触してくる女性は、『自分』しかなかった。
こちらの心情や体調など全く気にかけることなく、自らの要望を通そうとしてくる傲慢さがおぞましく、心底嫌だった。
エルザの事も、はじめは警戒していた。
渡されたお守りも、恩を着せるためのパフォーマンスなのではと疑った。
しかし、お守りはきっちり役目を果たした。
改めて依頼したくて来店したときに、アルの症状が改善したことを伝えると、まるで自分の事のように喜んでくれた。
見返りを要求されるかも、などと邪推したことが恥ずかしくなる程に。
素直なエルザに安心したせいなのか、店で過ごしては?というエルザの冗談めいた提案には好奇心を押さえられなかった。
店にいると安らぐ。楽しい。
女性が近くにいてこんなにくつろいでいられたことはなかった。
それは、エルザがアルのことを考え、心を配ってくれているおかげだと気づき、心から感謝していた。
うっかりしたとはいえ、そんなエルザに所属を告げていなかった事は、誠実ではない。
僅かに見せた不安気な顔は、不審に思ったからではないだろうか。
責められても仕方ないが、店に来られなくなるのは嫌だ
そう思ったのに――――
『アルさんが傷つくと思って』
エルザの口から出たのは、アルの身を案じる言葉だった。
頭の芯がしびれるような感覚に、少しだけ涙腺が緩む。
――――なぜ、こんなにも優しいのだろう
アルのじっと射抜くような視線に、落ち着かないエルザは顔を見られないようにうつむいた。
「だから、お店にいちゃいけないんじゃないかって思って、ここじゃなくても女の人に慣れることは出来るだろうし……。
でも、……アルさんはそれでもここに居たいって思いますか?」
エルザは顔を上げ、暗紅色の瞳をアルへ向けた。
アルは少しの間呆けていたが、少しずつ口元がゆるみ、晴れやかな笑みを浮かべた。
「エルザが良ければ、ここに居たい。………知らない奴らに何を言われても、俺自身がわかっていればそれでいいんだから」
アルはうっとりするほど優しい表情で、そっとエルザの手を取り、両手で大事そうに包み込んだ。
「……俺は大丈夫だよ………エルザ」
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