番外編1: 『ご主人さま』
御覧いただきありがとうございます!
本編完結後のお話を、番外編としていくつか書いてみようと思っています。
よろしければお付き合いください
「師匠、じゃなかった、おとうさん!」
「君におとうさんと呼ばれる筋合いはない!師匠、もしくはおにいさんだ!」
暖かい陽射しが入る部屋で、レースのような細工が施された白磁のティーセットを挟んで、アルとマギーが向かい合う。
「それだとちょっと意味が違って来るかなぁ?呼び方の問題じゃなくて、娘と結婚させないぞっていう拒絶の表れなんじゃない……?」
「あぁ、そういう……。じゃあこの『どこの馬の骨ともわからん奴に…』というのは?」
「これは多分、相手の素性がわからないってことじゃない?でも、師匠は俺のこと、もう知ってるし……」
「むむ、もっと面白い言い回しはないものか…」
「……2人ともさっきから何なんですか?その茶番は」
先程から2人の話題の中心になっているのが、ドロシーが持ってきた『結婚にまつわる話あれこれ』という本。婚約が決まったアルとエルザに、お土産として置いていった物だ。
プロポーズから始まり、結婚式や各種挨拶など、とにかく結婚に関する話題を集めた、最近話題の書籍らしい。
ドロシーは完全にネタとして、面白かろうと持ってきたのだが、師弟コンビがなにやら真剣な顔で内容の実践と分析を始めていた。
なかでも2人の目を引いたのは「家族への結婚の挨拶」という項目だった。
エルザは目の前で繰り広げられる茶番劇に、思わずため息が出た。
「エルザも見てよ。この『お嬢さんをください!』なんて、物じゃないんだし、何か嫌だな」
「もう…。…そういうのは言い回しよりも、気持ちが大切なんじゃないですか?」
「気持ち……。『一緒に居たいです』とか『結婚するまでここから動きません』とか?」
「最後のはちょっと違う気がするけど、まぁそうですね」
「あ、お嫁さん側の事も書いてるよ。『初めての挨拶』だって」
「…見たいです」
それまで興味無さげだったエルザが、すすす、とアルへすり寄る。
ただし、すり寄った先は彼ではなく、件の本へ、である。
「へぇ、『手土産』『挨拶』……うん、結構当たり前の事ばっかりだね。……エルザ、気になるの?」
「もちろん!絶対に失敗は許されません!」
これから、アルの実家であるマイヤー家への挨拶が控えているエルザは、有益な情報は少しでも仕入れておきたい!と本に目を通すが、特に真新しい事は書いていない。
ただでさえ身分差を気にしているのに、粗相なんてしようものなら、まるごと消滅してしまいそうだ。
来るべき日に備えて、完璧な淑女として臨めるよう、準備を重ねていた。
「うちはそういうのと無縁なんだけどな。まぁ、一度会ったらわかるか…。ところでエルザ、こないだ言ってた事、覚えてる?」
アルがニコリと、どこか詰め寄るような迫力の笑顔でエルザに問い掛ける。エルザは明らかにギクリと、気まずい表情を浮かべる。
「…あぁ、まぁ、ぼちぼち…」
「俺のこと、いつになったら『アル』って呼んでくれるの?楽しみにしてたんだけどな」
アルは、しょん、としょげた顔を見せてくるが、少し芝居がかっている。本気半分、からかい半分、といったところか。
エルザだっていずれ夫婦になるのに、さん付けもどうかとは思っているのだが、本人を目の前にすると、やはり照れくさくて難しい。
ふと、先程見ていた本の一節を思い出す。夫の呼び方なんとかかんとか……。
考え込むエルザを見たアルは、少しからかい過ぎたかなと、彼女の手をとって呼び掛ける。
「ごめん。…なかなか難しいよね、呼び方変えるのって。俺もそうだったからわかってるはずなのに、エルザの反応がかわいくてつい…」
「……ご主人さま」
「…へ?」
「ご主人さまとか、どうですか?」
「………んぐぅ……」
一瞬固まったアルが、妙な呻き声をだした。
最近エルザは、この変な声を聞くことが増えた気がする。そういうときは、決まって赤い顔をしているのだ。
「そんな関係じゃないでしょう……。とりあえず、呼び捨ては…また今度で」
「う、はい」
エルザにはその理由がわからずに戸惑うが、言われると確かに、主従の関係でもないのにご主人様はおかしいわね、と納得した。
未だ赤みの治まらないアルに、したり顔のエルザ。
2人に何かしら認識の違いがある事は、生暖かい(ような)目で一部始終を見物していたマギーだけが知っている。
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