#5 友人たち(2)
カインとドロシーはエルザの友人である。
カインは、店で使われている薬草や石などを扱うキース商会の人間。
ドロシーはエルザの幼なじみで同い年。
探索魔法と鑑定魔法を使って、素材集めの仕事をしていて、キース商会に素材を卸している。
月に2、3回、エルザの店に納品に来ていたのだが、素材収集のために遠出をしていたため、顔を出すのは2ヶ月ぶりだった。
アルが『魔女殿の友人に心配をかけるのは申し訳ない』と、2人にすべての事情を打ち明けたため、2人それぞれの誤解も晴れようだ。
すっかり落ち着きを取り戻したドロシーは、お茶を一口飲んで、ふー、と息を吐き出した。
「強盗にでも押し入られたのかと思ったわ」
「そんな人来ないよ…ドロシーは心配しすぎ」
「エルザちゃんはすみに置けないからさぁ」
「そういうんじゃないから……もう」
若干、噛み合わない部分もあるが、仲の良さそうな3人が会話をわいわい繰り広げている。
アルはエルザのふてくされた顔や、呆れたような笑顔を新鮮に思う反面、自分の知らないエルザがそこにいるようで、ほんの少しだけ孤独を感じていた。
「来てたじゃない、胡散臭いキザなやつ!あの変な男、まだ来てるんでしょ?」
「…いや、まぁ、……」
ほらね!と頷くドロシーに、苦笑いのエルザが押され気味だ。
ふと、会話の内容が気になったアルが口を開く。
「あの、変な男って?」
「エルザに執着してるへんなのがいるのよ」
話を聞くと、高級な衣服に身を包んだいい顔の男が、ぜひ専属のまじない師としてエルザを家に招きたいと言い寄り、何度か来店しているという。話だけでも怪しさ満載だ。
以前、たまたま店に遊びに来ていたドロシーが遭遇して、叩き出した事がある、ということらしい。
「来てもきちんとお断りして帰ってもらってるから大丈夫。あの人、お守りが欲しいだけだから」
「どっちにしろあやしい!まだアルさんの方がマトモよ!」
そんな怪しい奴と比較しないでほしいと、アルの顔がひきつる。どうやらまだ不審者の烙印は消えていないらしい。
その一方で、エルザの警戒心の甘さが心配になった。
ドロシーの隣でだまって話を聞いていたカインは、彼女の美しい髪を指でクルクル遊びながら、まあまあ、と気の抜けた声で話に入ってくる。
「ほら、今は不定期にでも、騎士であるアル君がいてくれるわけだし…」
突然、ぼふん!とテーブルの上に現れたのはマギーだった。お茶請けのクッキーを持ってきたようだ。
「ドロシー!私がいますので問題ありません!排除すればよいのでしょう?」
耳をピクピク動かして、ふんふんと興奮気味に詰めよってくるマギーに、ドロシーはぐぐ、と気押される。
それを見ていたカインはフフ、と小さく笑う。
「そうそう、マギーに排除してもらえば安心だね。…おかわりもらおうかな?」
マギーに、お茶のおかわりを頼み、カインはアルに視線を向けた。
「…騎士なら攻撃魔法?それとも身体強化系?」
師匠が?排除?と、会話の内容が腑に落ちなくて、難しい顔をしているアルに話がふられた。
「俺はどちらも…攻撃はいくつか属性を持ってるから。身体強化は魔法防御とハイジャンプくらい」
「…てことは、王宮第一騎士団かい?あの強者揃いの!アル君はエリートなんだねぇ」
「う…いやでも……そんなことは…」
ベタ褒めされて、アルは困り顔でうつむいた。
この国の人は、みな魔力をもって生まれ、日々の生活の中でも魔法を当たり前に使っている。
ドロシーの素材集めやエルザの占いやまじないのように、自分の魔力の適性を、うまく仕事に繋げている者も多い。
アルのように王宮勤めの人間には、特に高い魔力が要求される。
中でも、王弟殿下率いる第一騎士団はかなりの花形で、三種以上の属性、効果などの魔法を扱うことが前提となる。
その上で剣技の才に優れた者のみが通過できる、狭き門なのであった。
それを聞いていたエルザの口がポカンと開いた。
アルの所属についてまで聞いていなかったのだ。
王宮勤めの騎士とは言われたが、まさかあの第一騎士団の騎士様だったとは…
チラリと様子をうかがうと、アルと目があった。
「どうしたの?」
「あ……アルさん、すごい人だったんだなって…ビックリしちゃって」
驚くエルザに対して、当人はきょとんとしている。
「…言ってなかった?」
「……初耳です」
「そうなの?まぁ、すごい人がいてくれてラッキーだよねぇ、エルザちゃん」
「……うん」
カインの言葉に本音を飲み込んだ。
何か言いたげな顔だったのか、アルが心配そうにエルザの顔をのぞき込んだ。
「エ………、……ごめん」
「そうじゃなくて、あの」
「いけない!こんな時間じゃないか!ドロシー、次の仕事に行こうか」
会話を遮るようにカインが突然立ち上がり、意味ありげにドロシーへ視線を送る。
マギーを膝にのせ、毛繕いをしていたドロシーはビクッと肩を震わせた。
「うぇっ…あ?……、そ、そうね!いかなきゃね!」
察したドロシーはあっという間に荷物をまとめ、帰り支度をする。
終始バタバタしていたので、あまり話が出来なかった気がする。店の入り口まで見送りにきたエルザは、口をとがらせてとても不満気だ。
「…うちで仕事終わりじゃなかったの?」
「来週また来る。アルさん、信用してない訳じゃないので、エルザのこと頼みますね」
「…わかった」
不審者の疑いは晴れたようだが、ドロシーの言い回しの回りくどさに苦笑する。
ふと、カインが右手を差し出して、握手を求めてきた。
「これから我々とも仲良くしてもらえるだろうか、アル君、……でいい?」
「!、もちろん…ありがとう」
アルの出自の話をした時に、貴族扱いはしないで欲しいと願い出て、気持ちを汲んでもらった。
しかし、2人から友人になろうと言ってくれるとは思わなかった。
ホコホコ温かくてうれしくて笑みが漏れる。
カインに応えて握手を交わすと、アルにしか聞こえないような呟きが聞こえた。
「名前、呼んでみたら?」
「う…」
思わず息を飲んでしまう。
カインが何を言ってるのかすぐわかった。
アルはここ最近、エルザのことを『魔女殿』ではなく、もっと気軽に『エルザ』と名前で呼びたい、と思っていた。
構えずに、さらっと言えばよかったのに、日がたつにつれ呼びづらさが増してしまっていた。
「が…がんばるよ」
「うん。次会うの楽しみにしてるよ。エルザちゃんも、アル君と仲良くね」
「う、うん、またね」
2人はじゃあ、と嵐のように店を出て行った。
マギーも納品チェックをすると言って、さっさと倉庫に向かう。
残された2人はなんだか気まずくて、ドアの前にたたずんでいた。
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