#42 泣いてる
ずっと抱き締めていたデイジーとマトリョーシカを、そっとソファに下ろした後、マギーとロイが事後処理に追われているのを、エルザはぼんやりと眺めている。
フィリップが拘束されたことで、もちろんエルザも解放されるだろう。
しかし、緊張の時間が長かったせいか、安堵や解放感といった感情は湧いてこない。
ただ、『終わった』という事実だけを受け止めていた。
「…エルザ」
「アルさん…ありがとうございました」
エルザの横で、こちらが落ち着くのをアルが待ってくれていた。
荒事の後だからか、眉間にシワがより、顔に疲れも見える。
エルザは、助けてくれたことへの礼を伝える。が、その後が続かない。
謝らなきゃいけないこともある、話したいことも山のようにある。とても会いたかった大好きな人なのに、何と言ったらいいのかわからず、言葉が出てこない。
そんなエルザの頬を、アルの優しい指が掠めた。
「泣いてる」
「え?」
エルザの暗紅色の眼から、ぽろぽろと涙が溢れて止まらない。アルはそれを拭ってくれていた。
エルザはどうして泣いてるのか、訳がわからず混乱する。
「心配した」
「……はい。ごめんなさい…」
「…エルザ、あのね」
改まった言葉に、エルザもアルの顔を覗き込む。
アルと眼が合い、それが見開いたかと思うと、急にエルザの体が引き寄せられた。
「今だけ、ちょっとだけこうさせて?」
エルザの耳元で、掠れ気味の心地よい声が囁いた。
アルの大きな手が、頭と背に置かれて、力強くぎゅうっと抱き締められる。エルザもそろそろと、彼の背中に手を回した。
「…無事で、良かった…」
エルザの肩口に、アルの頭が埋められる。
呼吸する度に、彼の吐息が首にかかり、いつもなら赤面ものなのだが、エルザはそれどころではない。
腕の中に包まれて、エルザの安堵が遅れてやって来たのだ。
全身で『おかえり』と言われているような、力強くも包まれるような抱擁に、エルザの頭は幸福感でジンジン痺れるようだ。
涙腺は決壊し、ぼろぼろと落ちる涙は誰にも止められない。
しゃくり上がるのを堪えながら、エルザはまず、言うべき一言をアルに伝えた。
「…っ、アルさんっ、……ごめんなさい、」
アルは顔を起こして、涙でぐちゃぐちゃのエルザを眺めると、フッと微笑んだ。
「…うん。あのね、俺も言いたいことがたくさんあるんだけど。きっとこれから、寝ちゃうから、俺」
アルの脈絡のない報告に、滝のようなエルザの涙もピタリと止まった。
「寝る………?」
「そう。起きたらすぐに話したいから、エルザはずっと俺のそばにいて欲しいんだ」
近くでよく見ると、アルの顔には眉間のシワの他に、目の下にクマが出来ていた。寝不足らしい。
「いいかな?ロイには話してるから、困ったらアイツに言って。……あ、あともうひとつ」
アルはもう一度、エルザの耳元に顔を寄せて、囁いた。
「俺の見てないときに泣いちゃダメだからね。全部俺が拭うから」
そこまで言うと、エルザの肩口にコテンと頭を乗せる。
すぐに、くぅくぅと、健やかな寝息が聞こえてきた。
「寝た………」
夢の中の住人となったアルを支えながら、エルザはこれまでのあらゆる出来事の処理が追い付かず、静かに動揺するのだった。
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