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#37 脅す男



「……どういうことですか?」



テーブルに置かれた入れ子の人形を眺めつつ、エルザは冷静にフィリップに詰め寄った。



「わからない?意外と薄情だなぁ。ここに来てからずっと一緒に居たのに、忘れちゃった?」


「ですから、その子達がどうしたのか聞いているんです!」


「そう。さっきから言ってるよね。僕は君に、薬を飲んで欲しいんだ」



フィリップが話に被せた薄衣が多すぎて、思わず大きな声が出てしまう。フィリップはマトリョーシカを乱暴に持ち上げ、ボールのように上に放り投げて遊びだした。



「これは異国の古い玩具でね。木製なんだ。脆くなってるから、取り扱いには気を付けないとね」


「やめて!乱暴に扱わないで!」


「うん!そうだよねえ。割ったりしたら大変だ。このままじゃ僕は、間違えて火にくべたり、斧で真っ二つにしてしまうかもしれない!」


「なんてひどいことを…」



フィリップの意図が読めた。これは脅迫だ。彼女達の安全を護りたければ、薬を飲めという事だ。

あまりの残虐さに、エルザは顔をしかめる。



「僕の読み通りだ。君はきっとそいつらを気にかけるだろうとふんでたんだ。どうにもならない古ぼけた道具が、役に立って良かったよ」



いつもの美麗さが消えて、酷く歪んだ表情で笑う。

こんなに卑劣で醜悪な男だったなんて。エルザは唇を噛み締めた。

どうしたら彼女達を助けられる?

その時、エルザの背後から震える声が聞こえた。



「お止めください……エルザ様を、解放してさしあげて下さい…」


「あぁ?」



声の主であるデイジーは、エルザを守るように横に立つ。

凛としているように見えるが、指先は細かく震え、主人であるフィリップに恐れを抱いているような様子だ。

そのフィリップは、胡乱な眼差しでデイジーをねめつけた。



「古道具が……俺に逆らうとはいい度胸だ。喋れるからといっていい気になるな!!」



デイジーに向けて、フィリップの手が伸びた。

瞬間、彼女の姿が消えて、変わりに深緑色のドレスを着た人形が現れ、エルザの横に落ちてきた。

エルザは彼女を優しく拾い上げ、ぎゅっと抱き締めた。



「……エルザ様、我々に構わず、どうか…お逃げ下さい」


「デイジーさん……でも」


「外に人の気配があります。中を探るような様子もあります」


「う…嘘をつくな!そんなに早くみつかるわけがない!」



エルザの事を探しに来たのか、それとも魔法薬の調査の手が延びてきたのか、どちらにしてもエルザにとっては朗報だ。

フィリップは勢いよく立ち上がり、罵り続けている。

先程までの余裕はとうに消え失せ、我を忘れて狼狽している。


この建物が、外からどう見えているのか、エルザにはわからないが、何とかしてここに人が居ることを報せた方がいいだろう。


魔法を使うことで、人が居ると気付いてくれるかもしれない


――――――――


エルザは覚悟を決めた。






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