#35 人形たち(2)
「フィリップ様は、禁薬を使ったのではないですか?」
デイジーから息を飲むような気配が漂う。
これでは言葉はなくても、認めているようなものだ。
「…彼は、いつ戻ってきますか?」
「……明日には戻るかと。主人から直接ご確認下さい」
「わかりました」
美しい所作で一礼するデイジーの横から、マトリョーシカ3姉妹の1人がひょこっと出てきた。軽くお辞儀をすると、手に持っていた皿をエルザの目の前に置いた。
真っ白い陶器の皿に、一口サイズのサンドイッチがセンスよく盛り付けられている。エルザに思わぬ笑みがこぼれた。
「とてもキレイ。ありがとうございます。作ってくださった方にもお礼を伝えてください」
「…優しいお言葉をありがとうございます。それは、この子達が調理をしたものなので、大変光栄に思っているようです」
やんごとなき方々が食べているような、オシャレで華やかなサンドイッチを、この可愛らしい子達が作ったなんて…。
ゆで卵とチーズが挟んである物を手に取り、口にしたエルザは感嘆して、キラキラと眼を輝かせた。
「こんなにオシャレで美味しいサンドイッチは食べたことないです!これを作れるなんて、あなた達はすごいのね!」
「あ、ありがとうございます……」
興奮して捲し立てるエルザの勢いに、圧倒された彼女達から、照れくさいような、ホンワカした空気を感じた。マトリョーシカの1人は、頬が赤く染まっているようにも見える。
そんな様子を見ているエルザは、少しホッとしていた。
まるで冷えきった冷たい体に、じわりじわりと血が巡っていくような感覚。
こんな非常事態におかしいけれど、エルザは間違いなく、彼女達に好感を抱いていた。
◇
「では、我々は別室で待機しております。何かありましたらお声掛け下さい。おやすみなさいませ」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
彼女達が部屋から出ていくと、広い部屋は途端にがらんどうに感じる。彼女達が鎧戸とカーテンを閉めてくれたので、ろうそくの灯りだけがボンヤリと浮かんでいた。
エルザはふかふかのベッドに寝転がり、様々に思いを馳せる。
マギーとエルザの魔法が発動せずに消えたのは、おそらく例の魔法薬のせいだろう。まだ魔力が完全に戻った感じはしないが、体の変調はだるさだけだ。
「マギーも、大丈夫だといいな…」
帰る。生きてさえいればきっと大丈夫。
きっと誰かが気付いてくれる。
店の様子がいつもと違うと、近所の人が訪ねてくれるかも知れない。
「アルさん、戻ってきたかな……」
すぐ戻る、と言っていたアルはどうしただろう。
戻って、異変に気付いただろうか。いや、出掛けて留守にしているとでも思うかもしれない。
もしかしたら、嫌になって店に戻って来なかったかも―――
「ダメだ!今はここを出ることだけ考えるべきだわ!」
まずここを出なければ、マギーの安否を確かめることも、アルに謝ることも出来ない。
弱気になってる場合ではない、明日には諸悪の権化と話をしなければならないのだ。
まずは体力回復!とばかりに、エルザはベッドの中に潜りこんだ。
御覧いただきありがとうございます
よろしければ評価、ブックマークをお願い致します




