#32 エルザとマギー
日が傾いて、窓から入る陽光で部屋が赤く染まる。
アルが去った後、部屋の中で聞こえるのは時計の針の音だけ。
エルザはボンヤリと宙を見つめ、アルとのやり取りを反芻する。
エルザの言わんとしていることは伝わったのか。
アルの言う『やること』とはなんだろう。
気持ちを押し付けてしまったけど、体調は大丈夫だろうか。
――――――私と一緒に居たいって、言ってくれた
この言葉が、アルの気持ちが、嬉しかった。
自分の愛しい人から、自分と同じ気持ちを聞くことができた。
それが錯覚だとしても、きっとこれからの生涯で、何度も思い出して噛み締める、大切な思い出になるだろう。
――――――私も大好きって、言えたらよかったな
エルザの顔がグッと歪む。
こんなに胸が高鳴って喜んでいるのに、それを上回る寂しさが覆い尽くしていく。エルザの感情はぐちゃぐちゃだ。
「エルザは、難しく考えすぎです」
いつの間にか近くにいたマギーが、チョコレートの缶を開けてエルザに勧めた。
エルザはふるふると首を振ったが、マギーがチョコを口にグリグリと押し付けて来たので仕方なく、あむ、と頬張る。
甘さはさほどなく、濃いカカオの苦味が鼻腔に広がる。すっきりとした味だ。
「あなたも彼が好き。彼もあなたが好き。ダメなのですか?」
「だって…。…私に縛り付けるのは、良くないよ…」
「まぁ、全く問題なし、なんて事もないでしょうね。でもそれは、どんな恋人たちにも言えることです」
テーブルによじ登ったマギーは、エルザの手にチョコを乗せながら語る。
「アル君を見くびってはいけません。彼はいいかげんな、錯覚のような不安定な気持ちを表に出したりする人ではないはずだ。自分の言葉には責任を持つ男ですよ、彼は」
アルはいつだって、エルザに誠実だったのに。
その彼が持っている感情を、まやかしと切り捨てたのはエルザだ。何て嫌な言い方だろう、エルザは眉根を寄せた。
「彼の気持ちを、あなたの気持ちを、お互いにもっとしっかり伝えるんです」
「………うん…アルさんに…酷いこと言った……」
「彼が戻ったら、謝って、話し合いなさい。私は応援しているから」
「うん、ありがとう、マギー」
アルが戻ったら、話をしたい。
嫌な言葉を使ったことを、アルは許してくれるだろうか?
カラン、とドアベルが鳴った。
アルだ、エルザはカーテンを抜けて出迎えにいく。
「アルさ……ん」
エルザはそこにいた人物に、愕然として立ち止まる。
「やぁ久し振り、僕の愛しい人。約束通り迎えに来たよ」
その目線の先にいたのは、あのフィリップだった。
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