#30 距離
「……なぜ?エルザがそうしたいってこと?」
思いの外、冷静な声が響いた。
アルはゆっくりと彼女に近付いて、正面に立つ。
のろのろと、エルザを閉じ込めるように、カウンターに手をついた。今までにない、迫るような眼差しでエルザを捉えている。
エルザはその眼を逸らしてはいけない気がして、恥ずかしさで涙ぐみながらも、じっと見つめている。
「もう俺と会わないってこと?」
「アルさん?近い…」
「なぜ?どうして近いとダメなの?」
アルに動きはないのに、グンと詰められるような感覚。
彼の表情は淡々としているが、悲しみが少しだけにじんでいるようだ。
このままじゃ駄目だ。きちんと話したい。
瞬間、エルザの体が消えた、と同時に、腕の檻の外側にボワン!と現れた。アルとの間にスペースができる。
エルザが魔法を使い、自分を瞬間移動させて距離をとる、という荒業だった。
自分の腕の中にいたはずのエルザが、突然消えたと思ったら逃げられた、というなんとも言えない現象に、アルは目を丸くして硬直していた。何が起きたのか全く理解できない。
ぎ、ギギ…、と、おぼつかない動きで首を動かし、やっとエルザの赤みの残る顔を捉えた。
「え…エルザ…………?」
「…近すぎです!それじゃ誤解されちゃうでしょう!」
顔を見られないようにクルリと背を向けて、自分を瞬間移動させたと説明する。
外部から何かされたのでは、と凍りついたアルは、安堵のため息をついた。
威圧するような視線も弛むが、提案を受け入れた訳ではない。エルザに向き直り、抗議を開始する。
「どうしてこんなことを?」
「近すぎて、話ができません…」
「そうかな?なぜ近いと話が出来ないの?」
まるで3歳児のような『なぜ?なぜ?』攻撃に圧倒されながらも、エルザはアルの質問にもじもじと答えていく。
「それは……恥ずかしくて、アルさんの顔が近いと照れちゃうから…」
頬が赤い、涙目のエルザの回答の後、しばし動きを止めたアルは、『んん゛っ』と咳払いをしたかと思うと、改まった。
「あと、誤解ってなに?俺は今、エルザとの間にこそ、誤解があると思うんだけど?」
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