#29 終わりにしましょう
アルが泊まってから5日目の昼下がり。
エルザはカウンターで1人、繕い物に精を出す。
あれから、アルは本当に寝袋を持ってきて『今度はこれで寝るから』と言っていた。
エルザはそれを聞いて、そんなに寝心地が悪かったのかと、ソファーで寝かせてしまったことを後悔していた。
フィリップも来ないし、魔法薬もあれ以来影を潜めている。
ジョシュの魔道具もすぐに元通りになった。
店の賑わいも市場の人通りもいつも通りで、平穏な日々が戻ってきていた。
しかしアルは、毎日店に顔を出すのをやめない。
彼の女性嫌いはほぼ治っている。
とても寂しいけれど、もう店に来る必要はないはず。
「こちらから言った方がいいのかしら……」
一緒の時間が長いほど、別れの時が辛くなるだろうし。
それにこのままでは、いつかアルへの想いが溢れてしまう。
――――――アルさんが近くて、甘すぎて…
たまに、アルからエルザへの眼差しや言葉が、愛しい人に向けるもののように感じることがある。しかもそれが、少しずつ増えてきた。
どんなにアルへの気持ちを隠していても、彼が自分と同じ気持ちでいるように感じて嬉しいし、照れ臭くて、身悶える。
しかし、アルのそうした挙動を誤解してはならない。
エルザは考えた。
これは、一種の刷り込みなのだ。
初めて身近に感じたエルザに、親しい感情を抱いたということで、恋心とは違う、そう思っていた。
女性嫌いがなくなれば、アルにはこれから沢山の出会いがあるだろう。素敵な令嬢と出会えれば、そちらがアルにふさわしいに決まっている。
それにもし、万が一エルザの想いが叶ったとしても、彼は貴族だ。家の事を考えれば、隣で支えあって生きていくのは難しいだろう。
アルのことが大切だから、幸せになって欲しいから――――
でも
「つらいなぁ…」
「何が?」
小さくついたため息に、背後から応える声がした。
畑の水やりを終えたアルが、カーテンから顔を出す。
「どうしたの?肩でも凝った?」
あっけらかんと笑いかけてくるアルに、鬱々とした気持ちがスッキリ晴れていく。
エルザは、アルの笑顔を守れるなら、なんだっていいのだ。
「アルさん」
きっとたまには、店に足を運んでくれる。
訪れる間隔が空いて、自然と疎遠になるだろう。それでいい。
いずれ風にのって、幸せな彼の話が流れてきたら、その時はきっと笑っていられる。
エルザは穏やかな微笑みを讃えて、アルに告げた。
「アルさんの願いは、もう叶いました。お手伝い、終わりにしましょう」
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