#28 恋ですか
「おはようございます。…やっぱり、あまり寝れなかったんじゃないですか?」
「いや、これは…。…うん、おはよう、エルザ」
翌朝、エルザがコーヒーを淹れながら、アルを訝しげに窺う。
アルは確かに寝不足なのだが、ソファが寝づらいとかそういうことではなく、これには別の理由がある。
◇
昨夜、アルが枕替わりのクッションに頭を預けると、フワリといい香りがした。
以前も嗅いだことのある、優しい、野の花の香り……
その記憶に思い当たり、ガバッと勢いよく頭をあげる。これはエルザの私室にあったもので、掛けてあるキルトからも同じ香りがする。どちらからもしっかりとその香りが感じられ、まるでエルザに顔を寄せてるような感覚なのだ。
アルの体温がグッと上がる。
せっかくエルザのベットを回避したのに、これではあまり変わらないじゃないか。アルは体を起こして、クッションを膝に置く。
「だから、無用心だって言うんだ…」
自分を信用してくれているからこそ、同じ建物に泊まらせたり、自分のベッドを使えと言ったりするのだろうが、この事に関しては決して信じないでくれと、声を大にして言いたい。
自分は男で、あなたの事をいつでも抱き締めたいと思っているのだと。
全く意識されてないのが丸わかりで、寂しくてモヤモヤする。
鍵と抑止の話をしたけれど、呆気にとられてたな、と先ほどの彼女の様子を思い出した。
『おやすみなさい』と言った、去り際のエルザのふにゃりとした笑顔。
いつもなら交わすことがない、一日の終わりの挨拶。
それを彼女に言えたことが嬉しくて、くすぐったい。
毎日こうして過ごせたら、どんなに幸せだろう。
ふと、膝のクッションをぎゅうっと強く抱き締めた。
顔をうずめると、エルザの優しい香りを強く感じて、アルは彼女の名前を囁いた。
今日は何も考えずに、この幸せを受け入れてしまえ。
愛しい人の香りに包まれて寝よう。ドキドキして寝られないかもしれないけど、そうしよう。
アルが体を横たえようとしたときに、ふと視線を感じた。
気づけばカーテンの合わせから、マギーがこちらをじっと見ている。
いつもと変わらない困り顔なのに、なぜかワクワクと興味津々な様子が伝わってきた。その硝子の眼に、生ぬるい暖かさすら感じる。いつから見られてたのか、聞くのが怖い。
「……師匠…あの……いつからそこに」
「あなたが急に起き上がった辺りから、ですかね?」
ほぼ見られている。アルは恥ずかしさで顔が燃えそうだ。
マギーがててて……と小走りで近づいてきて、アルの顔を覗いた。
「……恋ですな?」
「へ?」
「恋…それは…恋ですか?アル君は恋をしているのですか?」
「師匠……やめてぇ…」
耐えられなくなり、真っ赤な顔を両手で覆うアルに、マギーは『詳しく!詳しく!』とシャツの袖をひいてせがみ、執拗な取り調べを行った。
マギーの聴取はしばらく続いて、真夜中にようやく解放された。
その後も、恥ずかしさでなかなか寝付けなかったのだ。
◇
「やっぱり、今度はベッドを使ってくださいね」
エルザは、ボーッとした様子のアルにコーヒーを手渡す。
コーヒーの温もりを感じて回想から戻ってきたアルは、脳内で首をブンブンと横に振る。
断ろうと、口を開いたときにふと気づいた。
「エルザ、それ、また泊まってもいいってこと?」
「……あ!いや!違います!いや……違わないけど…」
自分のうっかり発言に気付いて、狼狽えるエルザを見て、アルはニヤニヤとした笑いが止まらない。
悪戯心に、少しだけ火がついた。
「違わないなら、毎日泊まろうかな」
「毎……日?」
「今日、俺の寝袋取ってくるね」
顔を真っ赤にしてアワアワしているエルザを見ていると、少しだけ昨日のモヤが晴れるようだ。
自分の幼さに若干呆れつつ、アルはコーヒーを味わっていた。
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