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#28 恋ですか




「おはようございます。…やっぱり、あまり寝れなかったんじゃないですか?」


「いや、これは…。…うん、おはよう、エルザ」



翌朝、エルザがコーヒーを淹れながら、アルを訝しげに窺う。

アルは確かに寝不足なのだが、ソファが寝づらいとかそういうことではなく、これには別の理由がある。





昨夜、アルが枕替わりのクッションに頭を預けると、フワリといい香りがした。


以前も嗅いだことのある、優しい、野の花の香り……

その記憶に思い当たり、ガバッと勢いよく頭をあげる。これはエルザの私室にあったもので、掛けてあるキルトからも同じ香りがする。どちらからもしっかりとその香りが感じられ、まるでエルザに顔を寄せてるような感覚なのだ。


アルの体温がグッと上がる。

せっかくエルザのベットを回避したのに、これではあまり変わらないじゃないか。アルは体を起こして、クッションを膝に置く。



「だから、無用心だって言うんだ…」



自分を信用してくれているからこそ、同じ建物に泊まらせたり、自分のベッドを使えと言ったりするのだろうが、この事に関しては決して信じないでくれと、声を大にして言いたい。

自分は男で、あなたの事をいつでも抱き締めたいと思っているのだと。


全く意識されてないのが丸わかりで、寂しくてモヤモヤする。

鍵と抑止の話をしたけれど、呆気にとられてたな、と先ほどの彼女の様子を思い出した。



『おやすみなさい』と言った、去り際のエルザのふにゃりとした笑顔。

いつもなら交わすことがない、一日の終わりの挨拶。

それを彼女に言えたことが嬉しくて、くすぐったい。

毎日こうして過ごせたら、どんなに幸せだろう。



ふと、膝のクッションをぎゅうっと強く抱き締めた。

顔をうずめると、エルザの優しい香りを強く感じて、アルは彼女の名前を囁いた。


今日は何も考えずに、この幸せを受け入れてしまえ。

愛しい人の香りに包まれて寝よう。ドキドキして寝られないかもしれないけど、そうしよう。

アルが体を横たえようとしたときに、ふと視線を感じた。



気づけばカーテンの合わせから、マギーがこちらをじっと見ている。

いつもと変わらない困り顔なのに、なぜかワクワクと興味津々な様子が伝わってきた。その硝子の眼に、生ぬるい暖かさすら感じる。いつから見られてたのか、聞くのが怖い。



「……師匠…あの……いつからそこに」


「あなたが急に起き上がった辺りから、ですかね?」



ほぼ見られている。アルは恥ずかしさで顔が燃えそうだ。

マギーがててて……と小走りで近づいてきて、アルの顔を覗いた。



「……恋ですな?」


「へ?」


「恋…それは…恋ですか?アル君は恋をしているのですか?」


「師匠……やめてぇ…」



耐えられなくなり、真っ赤な顔を両手で覆うアルに、マギーは『詳しく!詳しく!』とシャツの袖をひいてせがみ、執拗な取り調べを行った。

マギーの聴取はしばらく続いて、真夜中にようやく解放された。


その後も、恥ずかしさでなかなか寝付けなかったのだ。





「やっぱり、今度はベッドを使ってくださいね」



エルザは、ボーッとした様子のアルにコーヒーを手渡す。

コーヒーの温もりを感じて回想から戻ってきたアルは、脳内で首をブンブンと横に振る。

断ろうと、口を開いたときにふと気づいた。



「エルザ、それ、また泊まってもいいってこと?」


「……あ!いや!違います!いや……違わないけど…」



自分のうっかり発言に気付いて、狼狽えるエルザを見て、アルはニヤニヤとした笑いが止まらない。

悪戯心に、少しだけ火がついた。



「違わないなら、毎日泊まろうかな」


「毎……日?」


「今日、俺の寝袋取ってくるね」



顔を真っ赤にしてアワアワしているエルザを見ていると、少しだけ昨日のモヤが晴れるようだ。

自分の幼さに若干呆れつつ、アルはコーヒーを味わっていた。






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