#25 一方通行
「ずいぶんと店に馴染んだのね、アルさん」
久しぶりのドロシーが訪ねてきた。
店はアルとマギーに任せて、久しぶりに女2人のお茶会となっている。
ドロシーはお茶請けのナッツのクッキーを口に放る。
先程、アルが女性の接客をしているのを見ていたようだ。
「苦手なのは変わらないみたいだけど、もう具合が悪くなったりしなくなったみたいだよ」
「それは良かった。もう少し時間掛けてもよかったのに」
悪戯っぽくニッと笑うドロシーに、エルザが頬を膨らませ、反論する。
「そんなこと言わないで。アルさんは苦しんでたのよ?」
「あぁ…、そうね。ゴメン、そういう意味じゃなかった」
「どんな意味よ」
ドロシーは『アハ』という嘘臭い笑い声で、エルザの問いを煙に巻く。
こういうときは、何か話したいことがあるのだ。ドロシーとは長い付き合いなので、彼女の事はよくわかっている。
紅茶を一口含み、ドロシーは軽く咳払いをした。
「アルさんの女嫌いが治ったら、もうお店を手伝いに来れないじゃない」
「……そうだね」
「とっても仲良くなったみたいだけど、エルザはそれでいいの?」
ドロシーの話は、そこが核心だったのだろう。心配そうな顔で、エルザの表情を窺っている。
エルザだってわかっている。この楽しい時間がもうすぐ終わろうとしていることくらい。
「いいもなにも…もともとそういう目的で始めたんだから」
彼を引き留める要因も、気持ちを告げる勇気もない。
アルは線引きするのをとても嫌がるが、そもそも彼は貴族で、エルザは平民だ。女性を受け入れることが出来れば、良家の淑女を迎え入れて、幸せな家庭を築いて……。
深く考えると、胸の奥がチクリとすることも知っている。
それに何より、アルの信頼を失うのが怖いのだ。
「私ね、エルザはたくさんの人を助けてきたから、その分幸せになるべきだと思うの。私だけじゃない、カインだってマギーだって、これまでエルザに助けられた人達みんなそう思ってる」
ドロシーは真剣な顔でエルザを説得する。
いつも人のために一生懸命な幼なじみが、最近とても幸せそうで、その幸せが続くようにと、その背中を押したかった。
「アルさんのこと嫌い?」
「……困らせたくないの。アルさんには言わないで」
エルザは頑なだった。
おそらくは身分の事や、彼の家の事を考えて、飛び込めないでいるのだろう。しかしアル本人があんなにも分かりやすく、エルザへの好意を隠そうとしていないのだから、その想いに応えても良さそうなものだけど、とドロシーは頭を傾げる。
アルのエルザへの気持ちがいい加減なものではない、ということがしっかりと伝わってくるため、余計にそう感じる。
「私から言うつもりはないけど…その気持ちは大事にしてね」
「ありがとう。…でも、いいの。私の一方通行でも、アルさんが幸せになるなら、私も嬉しいの」
「一方通行……?」
何かおかしい。ドロシーが問いただそうとしたその時、店に続くカーテンがガバッと開いて、渦中の人物が顔をだす。
「エルザ!ちょっといい?」
「は、はい!今行きます!」
『ちょっとゴメン』とささやくと、エルザはパタパタとアルの後を追う。
一人残されたドロシーは、超鈍感な幼なじみと、報われていそうでそうではなかったその想い人の事を考える。
「んん…これは大変だわ、アルさん」
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