#23 アル(1)
すっかり夜も更け、月も高く昇っている。
エルザにきっちり戸締まりをするように念を押し、侵入者避けの結界を展開して、アルは家路につく。
市場の人通りはまばらだが、酒場はやいやいと賑わっていた。
その喧騒に目もくれず、アルは黙々と歩を進める。
大通りを抜けると、シンとした静寂に覆われる。
一人、歩きながら思い浮かべるのは、エルザの事。
あまりに無防備で、放っておけない、お人好しの彼女の事。
―――――――
初めて、エルザ、と名前を呼んだ時、あんなにも幸せでいっぱいだったのに、最近はもの足りなさを感じてしまう。
エルザに触れたいという欲が出てきたのだ。
エルザの小さな手に触れた後、次は少し癖のある柔らかそうな髪に、優しい桃色の頬に、触れてみたいと思うようになった。
まさか、本人にそんなこと言える訳がない。あまりに変態じみている。ロイじゃあるまいし。
愚痴を吐いた日、なぜあんなに泥酔したのか、今ではよくわかる。
エルザが居てくれたから。
アルを助けて、励まして、褒めてくれた。
とても嬉しくてホッとして、そしたら凄く眠たくなった。
かつてないほど、幸せな気持ちになったのだ。
エルザのそばにいたい。それだけでもいい。
あの日までは、そう思っていた。
彼女に向けられた、生々しい欲にまみれた眼差し。
乱暴に捕まれた肩と蒼白なエルザの顔を見て、アルの身体中の血が一気に沸くような、強い怒りが込み上げた。
あいつに飛び掛かって切り捨てる算段をつけたが、エルザの安全の確保を優先した。
今となっては、致命傷の一つや二つ、いや三つでもくれてやればよかった、と考える。
フィリップ・バックス。あの男は要注意だ。
商会を持っているらしいが、調べたら規模と収益に不自然な点だらけで、すこぶる怪しい。
『彼の目的はお守りです』なんてエルザは言うけど、あんな欲深い眼をした奴がそれだけで終わるはずがない。己が望んだ事を叶える為なら手段は選ばないだろう。
絶対に何か仕掛けてくる、はずなのに。
『大丈夫ですから』
エルザにしてみれば、その言葉に特別な意味などない。
彼女は優しいから、アルの手を煩わせまいと、安心させようとしているのもわかっている。
しかし、アルにとってそれは『あなたには関係ない』と、自分を遠ざけるような言葉に聞こえたのだ。
それが、とても寂しかった。
誰よりも、彼女の近くに居ると思っていたのに。
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