#22 ハグ、とは(2)
いつまでこのままいるのだろうか?アルが動く気配はない。
エルザは今日の畑仕事で、刈り入れた薬草が入ったカゴを、誤ってひっくり返してしまった事を思い出す。
薬草はキレイに払って落としたつもりだったが、髪は草まみれじゃないかとか、汗臭くないかとか、いろいろ気になってきた。
エルザはアルの顔を覗こうと、少しだけ頭を動かしてみる。
すると、ちょうど彼のシャツの襟元から、艶かしい喉元が目に入った。カジュアルなシャツの一番上のボタンが空いていて、チラリと鎖骨も覗いている。
エルザの脳内は一大事だ。奇声を出さなかったことをすごく褒めたい。
もう限界だ。恥ずかしくて発火する。
エルザはアルに声を掛けようとして、さっきの切なげな彼の顔を思い出した。
何も言わないが、エルザの知らないところで、何か悩んでいる事があるのかもしれない。
一緒に過ごすようになってまだ日は浅いし、エルザの知らない部分が大半だろう。
もちろん、彼の世界にズカズカ足を踏み入れるなんて考えてもいないので、具体的に知らなくていい。
ただ、元気のなさそうなアルを励ましたくて、下ろしていた両手を彼の背に当て、ポンポンと優しく叩いた。
すると、エルザを包んでいた力がグッと強まり、抱え込むように抱きすくめられた。
アルの頬が、エルザの耳元をかすめて、熱を残していく。
エルザの顔も、手も、体全てが、アルの中に入ってしまいそうなほど、強い力だ。
エルザは『ひょ』という言葉と共に固まるも、腕の力はすぐに緩められ、静かに体が離れていく。
アルは目を伏せたまま、エルザに『ありがとう』と礼を言う。
「……何かあったのなら、言ってくださいね?」
「うん…話せるようになったらまた聞いてもらおうかな」
額に手を当てて、アルが小さく呟いた。
少し赤みの残っていた顔も隠されて、表情もわからない。
やはり何か考えている事があるのか。
また、思い悩んで辛い思いをしていないだろうかと、エルザは不安になる。
それが顔に出たのだろう、アルが慌てて弁解する。
「違う違う!エルザが心配するようなことはないよ。むしろ俺にとって嬉しいことだから、安心して?」
「嬉しい事?」
「そう。ですから、ご心配なく、店長」
「なんですか?変なアルさんですね」
少しだけ、いつものアルが感じられて、エルザは内心ホッとする。
「アルさんにとって嬉しいことなら、私も嬉しいでしょ?楽しみにしてます」
エルザはにっこりと、嬉しそうに微笑んでいる。
それは日だまりのような暖かさで、アルの心にじんわりと染みていった。
お茶にしましょ!と奥に向かったエルザの背中を、アルは慈しむような眼差しで見つめていた。
「……そうだといいな」
小さな呟きは、エルザには届かなかった。
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