#20 排除って
あれから毎日、アルが店にやってくる。
手伝いだけではなく、騎士団での仕事の最中に、見廻りと称して店に寄って、エルザの安全確認をする。
フィリップもとい不審者の事を、アルの上司である団長に話して、警らとして認めてもらっているようなのだ。
しかし、
「アルさん、あの、奥で休んでもらってていいですよ…?」
「だめ。あいつがまた来るかもしれないでしょ?」
「でもあの、ここに2人は、ちょっと…狭いかなって…」
「そう?」
アルの、エルザに対する物理的な距離が、何かにつけて近すぎる問題が絶賛発生中なのだ。
店のカウンターは、あまり大きくない。
木製のテーブルはコの字型で、出入り口はひとつ、スツールもひとつ。
1人で作業するにはぴったりの、こじんまりとした収まりのいいスペースとなっている。
今はそこに、アルとエルザの2人が並んで座っている。
アルがスツールをもう一つ持ち込んで、2人でカウンターの中に入ってきた。
2人の間には、一応、空間があるのだが、少し動くだけで肩が触れる。
最近、アルの様子が少し変わってきたようだ。
まるで親鳥について回る雛のように、エルザのそばを離れようとしないのだ。
おそらくフィリップの襲来に備えて、自分をを守ってくれているのだろうとエルザは考えているが、なんせ距離が不適切なのだ。
エルザの隣で、何事もないように小物類の検品とこなしているアルが、ふと何か考え込んでいるような、悩んでいるような顔になるのも気になる。
以前は検品ひとつするにも、ウッキウキのノリノリだったのに。
エルザは帳簿付けを終わらせよう…と思ったのだが、こんな状態では集中出来るはずもない。
奥で作業するといって引っ込もうか、いや、でもそうするとアルがついてこようとするし…
「あいつの狙いはエルザなんだよ」
心配そうな顔を向け、アルが口を開いた。
ここから逃げ出す算段をしていたエルザは不意をつかれた。
「君を手にいれるために、何をしてくるかわからない。そばで守りたいんだ」
「…ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。マギーもいるから」
「あんなにかわいい師匠が、どうやって排除なんてするのさ?」
アルは口を尖らせて、不服そうな表情だ。
どうしても、姿だけは愛らしい風貌のマギーと荒事が結びつかず、エルザの言うことに納得できずにいた。
「マギー、ちょっと『排除』やってくれる?」
エルザは陳列棚でちょこちょこ動くマギーを呼ぶ。
話をたくさん聞かせるよりも、実際に見た方がわかってもらえるだろう。
ててて…とこちらに向かってくるマギーの周りに、ユラユラと黒いモヤが漂いはじめた。
モヤがマギーの腹部の辺りに集まったかと思うと、吸い込まれるような、ゴッという音と共に、モヤの部分に穴が空く。
人の手のひらサイズの穴は何もなく真っ暗だが、アルが思わず戦闘体勢をとってしまうほど、威圧的なものだった。
しかし、当のマギーの口調はなんとも暢気な、緩んだ口調だった。
「え~、ここに不審者を入れます」
「いれ…?」
「出口はあるので生きて出られますよ。この中で少し過ごして頂きますので、ちょっとしたトラウマを抱えてしまう方もいらっしゃいます。ちなみに商会長は一度入りました」
物理的に無理なサイズなのに、『不審者を入れる』という言葉に説得力を感じてしまう。
気付かないうちに飲み込まれてしまいそうな、とても不気味な穴なのだ。
しゅるん!と穴を消失させると、マギーは作業に戻っていった。
「ね?マギーは結構頼りになるんですよ」
「…、…うん」
マギーはエルザにとって、幼い頃から一緒にいる、大切な家族だった。父のような、兄弟のような彼が誇らしく、得意気に胸を張る。
しかし、アルは俯き、寂しげに微笑む。
「…俺のことも頼りにして?」
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