#19 特別です
こんなに強引に迫られたのは初めてで、エルザの顔に緊張が走る。
拘束の手から逃れようと身をよじるが、意外にフィリップの力が強くて抜け出せない。
フィリップがにやりと微笑んだところで、ドアベルが鳴った。
「こんにちはー、エルザ?…あ、失礼、いらっしゃ……」
暢気な挨拶とともに、目眩ましのローブをかぶったいつもの格好のアルが店に入ってきた。
客が居たことに気付いて、かしこまったアルは、瞬時にエルザの緊張で強ばった表情を見て、何が起こっているのか素早く察した。
2人の元につかつかと歩み寄り、眼光鋭くフィリップに声をかける。
「……手を、離して下さい」
落ち着いた丁寧な言葉だが、眼差しは非常に冷たく、強い怒りに満ちていた。
冷静になれ、とアルは自らに言い聞かせる。
そうしなければ、目の前の不埒な男に何をするかわからない。
「……あぁ、君か。最近店に出入りしている男というのは。…なんだ、顔がいいだけの優男じゃないか」
フィリップはエルザから手を離すと、アルを値踏みするように視線をおくり、悪態をついた。
その醜悪な表情と言動は、先程までの嘘臭さが感じられず、おそらくこちらが彼の素なのだろうとエルザは思う。
アルは彼の悪意に気付いたものの、全く気にかけることなく、エルザをかばうように2人の間に体を入れる。
解放されたエルザの無事を確認すると、表情が少しだけ和らいだ。
アルの態度が、自分を軽視するように感じたフィリップは、歯ぎしりするような歪んだ表情を見せた。
「……この…!」
すると、それまでエルザの横に鎮座していたマギーが立ち上がる。
「商会長、それ以上の接触は排除の対象となります。本日はもうお引き取りください」
「ヒッ! わ、わかった。自分で、出ていくから!」
マギーの『排除』の言葉に、フィリップがわかりやすく動揺した。それが何を指すのかを知っているようだ。
恐怖に取り乱しつつも、凄む様な眼差しはエルザを捕らえていた。
「つ、次こそは私のモノになってもらうからな!」
足掻くよう乱暴な言葉を残し、フィリップは慌ただしく店を後にした。
その姿が完全に見えなくなるまで目で追っていたアルが、フッと緊張を解いた。
「エルザ!」
それまでの感情の見えない冷ややかな表情とはうって変わり、アルはかなり動揺した顔で振り返り、エルザの両肩を掴む。
「大丈夫?何もされなかった?」
「…はい。ちょっとびっくりして…大丈夫です」
「そう……。あ、ゴメン!」
アルは、思わず掴んでしまった肩から慌てて手を離す。
解放されたばかりなのに、俺まで掴んでどうする!と、自分に腹を立てる。
エルザは騒動の勢いに呆然としていたが、少しすると大きく息を吸い、深呼吸した。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「…いや。掴んでゴメン…」
いつもならしっかりと抱き抱えるくらいするのに、謝られるとはどういうことか。エルザはアルが気まずそうにしている事に気付いた。
フィリップと同じような事をしたとでも思っているのだろうか。そんなことはあり得ない。
「アルさんになら、掴まれてもいいんです」
「………ん?」
「だから、アルさんは、私の事を掴んでもいいって…」
あ、変なこと言った。
きょとんとしたアルに、そういう事ではないのだと弁解するため、エルザはあわあわと口を開いた。
「そういうことじゃないんです、アルさんは優しいからいいってことです!」
「そうかな?」
「そうです!あんな人と一緒にしません!特別です!」
「特別かぁ」
先程までの気まずい表情はどこへやら。
アルはニコニコ嬉しそうに彼女の話に頷いている。
エルザの口をついて出る言葉全てが、大きな大きな墓穴を掘り進めている。何を言っても『そういうこと』の真実味が増してくる。
実際のところ、『そういうこと』なのだからしょうがない。
エルザは騒動の時よりも狼狽え、赤面しながらひたすら言い訳を続けるのであった。
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