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#18 商会長




空はどんよりと曇っている。

重たい毛布を何重にも敷き詰めた様な雲だ。

エルザはこの空模様と同じような鬱々とした気持ちで、カウンター越しの美麗な客と対峙していた。



「あぁ、今日もとても美しいよ。僕の愛しい人…」


「会長、お久しぶりです。今日はどのようなご用件でしたか?」


「僕の事はフィルと呼べと言っているだろう?」



愛想笑いが保てなくなるほどの嘘臭いセリフの数々。

これがしばらく続くかと思うとげんなりする。

受付で対応するのは、奥で2人きりにはなりたくないので、人目のあるカウンターで話をするようにしている。



「用件もなにも、愛する貴女に会いに来るのに理由など必要ない、違うかい?」


「…いつもと同じお守り、こちらでよろしいですか?」


「つれないなぁ。この僕にこれほど想いを寄せられるなんて、他の女性なら泣いて喜ぶんだけどなぁ」



“金運”のお守りを懐にしまいつつ、眼前の男が妖艶な笑みを浮かべた。

この男は、ドロシーの言う『変な男』こと、フィリップ・バックスという商人である。魔道具を扱う商会を設立し、まれに見る急成長で、国内でも指折りの業績をあげているという。

容姿が優れている事も評判で、主にご婦人方から大変熱い視線を送られている。チョコレート色の長めの髪は、柔らかいウエーブがかかり、あいわらずとても優雅だ。

濃いキャメル色の三つ揃えや、繊細な細工が施された革靴は、素人が見てわかるくらい上質な物で、彼の裕福さがうかがえる。

だがエルザには、その全てが嘘臭く感じられていた。



「フィリップ様はお戯れがすぎます。お気持ちがそこにないことくらい、私にもわかりますから」


「…僕は戯れなんて、そんなつもりはないよ。君を僕の物にしたいのは真実だからね」



フィリップは金茶の瞳をきらめかせ、甘い言葉を囁くが、そこに親愛の情は感じられない。

エルザを独占したいといっても、愛のためではなく、あくまで自分の利益のために、という気持ちがだだ漏れなのだ。

エルザがフィリップの虜になり、彼に便宜を図れ、というのが彼の本音。

仕事として力が必要ならば、回りくどく愛を語る真似事をしてないで、依頼してくれればいいのに、とエルザは思う。



「店のことなら何の心配も要らない。君の良いように、こちらで全て後をみよう。君は身一つで僕の胸に飛び込んでくればいい」


「何度もお断りしていますけど、この店を離れるつもりはないんです。どなたかの専属になる気もありませんので…」



フィリップは、新しい生活への不安に寄り添うような、甘い言葉をかけるが、エルザは全く望んでいないし、その気もない。

さらりと断ると、フィリップの眼差しがギラリとしたものに変わる。

瞬間、エルザの手を強く引き、バランスを崩した彼女の肩を掴んで、自分の体をぐいっと寄せた。



「僕としかいられないようにしてしまえば、私の元に来るしかなくなるだろう?」



フィリップは口元を緩ませ、赤い舌をちろりと覗かせた。




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