#17 蓋をする
「…ルザ、……エルザ?」
自分を呼ぶ声にハッとする。
いつの間にかアルがすぐ隣にいて、エルザの顔を心配そうに覗いていた。
あまりの距離の近さにエルザは固まってしまう。
「大丈夫?疲れた?顔色がよくないよ?」
アルは、手の甲をエルザの頬にそっと当てる。
それはとても優しく、硝子細工に触れるような繊細さだった。
「~~~だっ!…」
大丈夫です、と言いたいのに言葉に詰まる。
そんなに大事そうに優しく触れられると、どうしていいかわからない。
急激に熱くなった顔を俯かせることで精一杯だ。
顔から離れたため、行き場を失った手を浮かせたまま、アルはキョトンとした顔でエルザを見ている。
「……ごめんなさい、大丈夫」
ようやく言葉を取り戻したが、まだ動揺は治まらない。
そんなエルザの目まぐるしい心情など露知らず、アルはホッとした様子で、よかったと微笑んだ。
「俺が平気なのに、エルザが気分悪くなったのかと思ったよ」
「考え事をしてただけなので…。それより体調はホントに大丈夫ですか?」
「うん。ホントになんともなくなっちゃった。苦手には思うけど、普通に話もできるしね」
ニカッと笑って、得意げに胸を張るアルを見て、ようやくエルザの表情と心情も緩やかになる。
「よかった。頑張ってた甲斐がありましたね」
「エルザのおかげでしょ。…ここに来られてよかった。本当にありがとう」
アルは柔らかく微笑んで、エルザに心からの感謝を告げた。
それを見たエルザは息をのみ、何も言うことができなくなり、また俯いてしまう。
今目を合わせたら、気持ちが透けて見えてしまいそうだから。
「…ちょっと、表の様子を見て来ます。休んでてくださいね」
「うん」
精一杯の無理矢理な笑顔を浮かべて立ち上がり、そそくさとその場を後にした。
店内には誰もいない。
エルザはふぅっと息を吐き出した。
あんなに優しく、甘い空間にいると、自分の立場を忘れてしまいそうになる。
感謝されて、嬉しくて、触れられた手がとても優しくて、心の奥が落ち着かない。
エルザの隙を狙って現れては、ムクムクと大きくなろうとする、この感情は…。
「そうか…私、アルさんが好きなのか…」
でも、彼がそれを知ったらどう思うだろう。
せっかくよくなってきた症状がぶり返してしまうかもしれない。
友人も作れないのかと、失望させてしまうかもしれない。
初めて会ったときの、あの辛そうな顔を引き出す原因になんて、なりたくない。
―――アルさんが優しくしてくれるのは、私を信頼してくれているから。
距離の近さは、女性に慣れていないから。
それを、勘違いしてはいけない。
エルザは、自身の感情に蓋をして、見て見ぬフリをすることに決めた。
この関係だってもうすぐ終わる。
目的はほぼ達成されているのだから、もう少しの間、感情を抑えればいいだけだ。大丈夫。
アルが寄せてくれた信頼を、裏切りたくない。
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