#16 魔女は怒ってる
「どうぞ」
「…ありがとう」
セレナを見送った後、2人は店をマギーに任せてひと休みすることにした。
酔っぱらい事件から奥の部屋に置きっぱなしのソファーの端と端に腰をおろす。
アルはエルザが淹れた紅茶を飲んで、美味しい、と小さく呟いた。
エルザは今日の事で気を張っていたのか、安心したような、気が抜けたような様子で、ひじ掛けに寄りかかる。
「セレナ様が、例のご令嬢だったんですね…」
「……うん」
「……アルさん?」
アルの返事はぼんやりとしたもので、何か考え事をしているようだった。ソファーの背もたれに体を預けて、宙を見ている。
さっきまでは体調も悪くなさそうだったけど、違うのかしら、と、エルザは注視した。
そんな視線に気づいたアルは、大丈夫だよ、とエルザに笑いかける。その優しい笑みにホッとして、エルザの表情も和らいだ。
「アルさんは優しいですよね」
「いや、我ながら嫌な言い方だった。」
アルは苦笑いを浮かべていた。
エルザはアルの言った、許されるための謝罪という言葉がよく理解できた。
過去の出来事を急に掘り起こして、揺さぶるような真似は、あまりにも一方的すぎる。
セレナに悪意がないのはわかるが、アルの気持ちが置いてきぼりだろう。
エルザは、アルがセレナの謝罪を撥ね付けるかもしれない、と考えていた。
しかしアルは、後悔にとらわれ続けるセレナに、この事を忘れるよう声をかけた。
これが優しさでなくて何なのか。
「謝られるのは違うと思ったんだ…。ちょっと対応に困ったよ。どうしたらいいんだろってね」
へへ、と苦笑いの顔だけをエルザの方へ向ける。
話し始めのアルの冷たい表情を思いだし、単純な疑問がエルザの口をつく。
「セレナ様のことを責めるのかと思いました」
「うん…、それが俺の嫌なところで…。すんなりもう気にしないでくれって言えるほど、人間ができてないって言うか…。一言言いたくなっちゃったって言うか…。」
アルが何やらブツブツと独り言のように呟いていた。
表情はわからないが耳が赤く染まっている。
それが優しいって言ってるんだけどな、とエルザは思う。
思い悩んで来店したときのアルの顔を知っているから。
情けないと落胆していたアルを知っているから。
あんなに苦悩した事を、あんな少しの文句で済ませるなんて。
ここまで考えて、エルザはふと気づく。
―――私、怒ってるんだ
まだ照れ臭さの残る顔でブツブツ呟き続ける、このどうしようもなく優しい男が、どうして傷つかなければならなかったのか。心に陰が落とされていたと思うと腹立たしかった。
彼にはいつでも、幸せそうに笑っていて欲しい。
アルのことがとても大切なのだ。
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