#15 令嬢と謝罪
「バレット伯爵が次女、セレナ・バレットと申します」
酔っぱらい事件から少し日をおいて、セレナ嬢から店に手紙が届いた。
先日の謝罪と、アルと直接会って話したいことがあると、丁寧な言葉で綴られていた。
アルは、セレナと以前に会ったかどうかは覚えていないと言う。事件のご令嬢かどうかもあやふやな記憶しかないようだ。
手紙の事を伝えると、意を決したような顔で頷いたので、エルザも同席しての『特訓』ということで申し出を受けることにした。
先日の帰り際の様子を考えると、アルのことに気付いてしまったのだろう。ただ、手紙の内容を見ると、お近づきになりたいとか、交際したいとか、そういう意図は感じられなかった。セレナの思惑は気になるが、エルザは了承の返事を出していた。
日時を定め、アルとエルザ、そしてセレナの3人が店の奥で対面していた。
「アルベルト・マイヤーです。先日は体調を崩しており、大変失礼致しました。」
貴族然とした口調のアルは堂々としていて、視線はまっすぐにセレナへ向けられている。
セレナ嬢の輝くような銀の髪はハーフアップに結い上げられ、落ち着いた色調のワンピースを纏っている。先日は豪奢で華やかな印象だったが、今日はおとなしめの、たおやかな雰囲気で、弱々しく感じる。
「いえ、こちらこそ、先日の非礼をお詫びいたします。エルザ様にも、大変ご迷惑をお掛け致しました。申し訳ございません。」
「…どうか、お気になさらずに」
エルザとしては、セレナから謝られる筋合いは全くないのだが、話し合いをスムーズに進めるためにさらりと受け流す。今日の焦点はここではないのだ。
「それで、私にお話ということですが?」
「……何年も前の話ですが、アルベルト様とあるお茶会でご一緒したこと、覚えてらっしゃいますか」
アルとエルザが顔を見合わせた。おそらく、原因となったあのお茶会と思われる。
セレナは緊張からか、か細い声で話を続ける。
「そのとき、私、その…あなたに…。ひどい姿をお見せして、とても嫌な思いをさせてしまった事をずっと謝りたくて」
大暴れしたご令嬢って、この人が?
エルザは思わず、セレナとアルの顔を交互に見てしまう。
聞いていた話のイメージと、目の前のセレナの姿が結び付かず、一人困惑していた。
「夜会などでは一切お姿を見ることは叶いませんでしたから、どうしたらよいかと、その…こちらのお店に相談に来たのですが…」
思いがけずアルに会えた、ということらしい。
セレナは一度姿勢を正し、まっすぐとアルへ顔を向け、頭を下げ…ようとしたその時、それを止めるようにアルが声をかけた。
「バレット伯爵令嬢、貴女は自分が許されたいだけでは?」
「そ、そんなことはございません!」
謝罪を遮られたセレナは、バッと顔を上げ、あわてて反論した。
部屋の中には重苦しい空気が立ち込める。
セレナを責めるようなアルの発言は、とても静かな声で感情が読み取れない。
「私は、その事でいろいろ悩んできたし、苦しくもありました。正直いって、あなたに謝ってもらっても、私のそういう過去が変わるわけではないし、あなたのやったことが消えるわけでもない」
セレナはギュっと眉根をよせて、耐えるように黙って話を聞いている。全身が固く、力が入っているのがわかる。
「それに謝罪を受ければ、私のこれまでが否定されたように感じてしまう。いろいろ苦労しましたが、今こうしている自分は嫌いではないのですよ」
どこか自分自身に諭すように言い含めている。
アルはフッと息を吐いて、優しげな顔を見せた。
「…お気持ちはわかりましたが、謝罪は必要ありません。忘れて穏やかにお過ごし下さい」
張りつめていた周りの空気が緩んだのがわかる。
ゆるゆると顔を上げたセレナは、令嬢らしからぬ驚きの表情を浮かべている。
アルの顔を見て、うわ言のように呟いた。
「……そう…そうね…。…また間違えてしまうところでした…」
スルリと滑らかな動きで立ち上がると、アルへ向けて完璧なお辞儀をみせた。
「お時間を頂き感謝致します。今日のところはこれで失礼致します」
優雅な笑みを浮かべたセレナからは、来店したときの臆した様子は感じられない。
この自信に溢れた力強い美しさが、本来の彼女の魅力なのだろう。
堂々とした切り返しに、少々面食らったアルはニヤリと笑い、挑戦的な眼差しをセレナへ返した。
「こちらこそ。次回はぜひ、売り上げに大きく貢献していただくことにしましょうか、ねえ、エルザ?」
「エルザ様のお守りは大変な人気ですもの。今度じっくり相談させてくださいませね」
「は…?、は、はい…」
2人の間でこれまでのことがなかったかのような、和やかな会話が突然始まり、エルザは呆気にとられてしまった。
まるで2人とも、これまでの事を忘れてしまったかのようだ。
自分の腹の内は明かさない、社交のようなやり取りではあったが、それぞれが晴れやかな表情をしていた。
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