#14 手をとって
「会いたかったんだ。素晴らしい魔法使いの君にね。」
ロイは、スマートな所作に呆気にとられるエルザの手を取ると、口づけようと顔を近づけた。
…が、すんでのところで後ろへぐいと強めに引かれる。
「ロイ」
ロイの髪を乱暴にむんずと掴んだアルが、冷ややかな声を出した。
穏やかな彼しか知らないエルザは驚き、ポカンと呆けてそれを見る。
更にアルは、凍てつくような眼差しをロイへ向けた。
「挨拶は終わり?」
「やだな~、アル君冗談だよ、わかって?ほんのお近づきのシルシってやつだよぉ~」
ロイは両手を挙げて服従の姿勢を取っている。
アルは彼から手を離し、エルザを気遣わしげに見つめた。
「エルザ、ごめんね、驚かせたね?」
「あ、うん、(アルさんに)びっくりしたけど、大丈夫」
エルザに向けられた顔は、見慣れた優しいものだったのでホッとする。
氷の刃のような鋭い表情は、騎士としてのアルの顔なのだろう。
―――やっぱりいつものお日様みたいな笑顔のアルさんがいいな
なんて考えたところで、ハッと我にかえる。
そんなことを考えるなんて、どうしてしまったのか。
「と、とにかく、奥にお茶を用意するのでどうぞ!」
エルザはその思いを頭から素早く追い出して、逃げるようにカーテンの奥へ入っていった。
◇
いつものように、お茶のセットをしているのはマギーだ。
ロイは、まるでヒーローを見る子どものような楽しげな眼差しで、マギーの挙動から目を離さない。
「あの、私、エルザと申します。ロイ…様で」
「だめ~!『様』は禁止!…僕としては、『ロイ』って気軽に呼んで欲しいな?」
エルザが言い終わる前に、コテンとかわいく小首を傾げ言葉を遮られた。
貴族であろう彼に対応した呼び方を、と思ったが、この人も敬称はなくて良いと言う。しかし呼び捨ては無理だ。
「では、ロイ…さん、私に何か御用が?」
「アルのことさ。アルの女嫌いを治してる人に会いたかったんだ。話をしてみたくてね」
ロイが来店した目的について、エルザが思いを巡らせていると、ロイが静かに口を開いた。
「実は、禁忌魔術が使われてるんじゃないかっていう噂もあって」
「はぁ?!」
思いもよらない言葉に、アルが横から声をあげる。
ロイは軽く手を挙げて、その挙動を制した。
その表情は優しく落ち着いたもので、エルザを疑い、責め立てようというわけではないようだ。
「疑うような事を言ってごめんね?そんなもの使われてないってすぐわかったけど、それくらい見事に変わったからね。どうしてここまで改善したのか気になったんだよねぇ」
「…私はお守りを渡しただけですから、きっと魔法の力じゃなくて、アルさんの努力によるものかと」
「そうだね、確かに僕もそう思う。ただ、何にしても君の存在はとても大きかったはずなんだ。大切な友人を助けてくれた事、どうしてもお礼を言いたかった」
「ロイ…」
「…私は何もしてませんが…、そう言ってもらえると嬉しいです」
アルの身近にいる人物からそんな風に言ってもらえるなんて、とても嬉しくて誇らしい。にまにまと表情がゆるんでしまう。
そんなエルザの顔を、ロイはずい、と身を乗り出して覗き込む。
「もう1つ、アルがあんまり楽しそうだから、俺もエルザちゃんとお話したいなぁって」
微笑んで、慣れたようにエルザの手を取ろうとするロイ。
しかし、横から伸びたアルの手が、先にエルザの手を取った。
「おや」
「お前は本当に油断ならない」
優しく引かれた手は、大事そうに大きな両手で包まれた。
そうすることが当たり前のように振る舞うアルに、エルザはされるがまま、呆けている。
アルはそんな様子に気づくことなく、自分の手の中にある華奢な手をうっとりと眺め、ボソリとつぶやいた。
「エルザの手はちっちゃいなぁ…」
アルは不思議そうに、フニフニとエルザの手を優しく握る。
エルザの体温が急上昇しているようだ。自分の顔が真っ赤になっていると思うと、エルザは顔をあげられない。
それを見て、ロイがニンマリと頷いている。
「ほう…これはこれは…」
「…あ、あの、アルさん、もう…」
「ああ、ごめん。つい」
エルザが手を引き抜くと、アルは爽やかな笑みを浮かべる。
あまりにも清らかな笑顔で、照れている自分が汚れているのか?とエルザは余計に焦ってしまう。
「ちょ、ちょっと店を見てきますね!」
アワアワと部屋を出るエルザの背を見ながら、ロイはからかいの表情を浮かべた。
「お前がこんなに積極的だとはね」
友の悩みが解消に向かい、大切に思う女性と出会えたのだ。 喜ばずしてどうする。
茶化すような言葉を掛けたが、ロイもとても嬉しく感じていた。
幸せな顔でも拝んでやるかと、アルの顔に目を向ける。
すると、そこにあるのは色も欲も感じられない、いつもと何も変わらない友のまなざしだった。
「なに?」
「いやいや………え?嘘だろ?」
「なんだよ?積極的って」
何を言ってるのか、という顔で呆れるアルの横で、ロイはガックリと項垂れた。
「…自覚無し…!」
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