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#14 手をとって



「会いたかったんだ。素晴らしい魔法使いの君にね。」



ロイは、スマートな所作に呆気にとられるエルザの手を取ると、口づけようと顔を近づけた。

…が、すんでのところで後ろへぐいと強めに引かれる。



「ロイ」



ロイの髪を乱暴にむんずと掴んだアルが、冷ややかな声を出した。

穏やかな彼しか知らないエルザは驚き、ポカンと呆けてそれを見る。

更にアルは、凍てつくような眼差しをロイへ向けた。



「挨拶は終わり?」


「やだな~、アル君冗談だよ、わかって?ほんのお近づきのシルシってやつだよぉ~」



ロイは両手を挙げて服従の姿勢を取っている。

アルは彼から手を離し、エルザを気遣わしげに見つめた。



「エルザ、ごめんね、驚かせたね?」


「あ、うん、(アルさんに)びっくりしたけど、大丈夫」



エルザに向けられた顔は、見慣れた優しいものだったのでホッとする。

氷の刃のような鋭い表情は、騎士としてのアルの顔なのだろう。


―――やっぱりいつものお日様みたいな笑顔のアルさんがいいな


なんて考えたところで、ハッと我にかえる。

そんなことを考えるなんて、どうしてしまったのか。



「と、とにかく、奥にお茶を用意するのでどうぞ!」



エルザはその思いを頭から素早く追い出して、逃げるようにカーテンの奥へ入っていった。





いつものように、お茶のセットをしているのはマギーだ。

ロイは、まるでヒーローを見る子どものような楽しげな眼差しで、マギーの挙動から目を離さない。



「あの、私、エルザと申します。ロイ…様で」


「だめ~!『様』は禁止!…僕としては、『ロイ』って気軽に呼んで欲しいな?」



エルザが言い終わる前に、コテンとかわいく小首を傾げ言葉を遮られた。

貴族であろう彼に対応した呼び方を、と思ったが、この人も敬称はなくて良いと言う。しかし呼び捨ては無理だ。



「では、ロイ…さん、私に何か御用が?」


「アルのことさ。アルの女嫌いを治してる人に会いたかったんだ。話をしてみたくてね」



ロイが来店した目的について、エルザが思いを巡らせていると、ロイが静かに口を開いた。



「実は、禁忌魔術が使われてるんじゃないかっていう噂もあって」


「はぁ?!」



思いもよらない言葉に、アルが横から声をあげる。

ロイは軽く手を挙げて、その挙動を制した。

その表情は優しく落ち着いたもので、エルザを疑い、責め立てようというわけではないようだ。



「疑うような事を言ってごめんね?そんなもの使われてないってすぐわかったけど、それくらい見事に変わったからね。どうしてここまで改善したのか気になったんだよねぇ」


「…私はお守りを渡しただけですから、きっと魔法の力じゃなくて、アルさんの努力によるものかと」


「そうだね、確かに僕もそう思う。ただ、何にしても君の存在はとても大きかったはずなんだ。大切な友人を助けてくれた事、どうしてもお礼を言いたかった」


「ロイ…」


「…私は何もしてませんが…、そう言ってもらえると嬉しいです」



アルの身近にいる人物からそんな風に言ってもらえるなんて、とても嬉しくて誇らしい。にまにまと表情がゆるんでしまう。

そんなエルザの顔を、ロイはずい、と身を乗り出して覗き込む。



「もう1つ、アルがあんまり楽しそうだから、俺もエルザちゃんとお話したいなぁって」



微笑んで、慣れたようにエルザの手を取ろうとするロイ。

しかし、横から伸びたアルの手が、先にエルザの手を取った。



「おや」


「お前は本当に油断ならない」



優しく引かれた手は、大事そうに大きな両手で包まれた。

そうすることが当たり前のように振る舞うアルに、エルザはされるがまま、呆けている。

アルはそんな様子に気づくことなく、自分の手の中にある華奢な手をうっとりと眺め、ボソリとつぶやいた。



「エルザの手はちっちゃいなぁ…」



アルは不思議そうに、フニフニとエルザの手を優しく握る。

エルザの体温が急上昇しているようだ。自分の顔が真っ赤になっていると思うと、エルザは顔をあげられない。


それを見て、ロイがニンマリと頷いている。



「ほう…これはこれは…」


「…あ、あの、アルさん、もう…」


「ああ、ごめん。つい」



エルザが手を引き抜くと、アルは爽やかな笑みを浮かべる。

あまりにも清らかな笑顔で、照れている自分が汚れているのか?とエルザは余計に焦ってしまう。



「ちょ、ちょっと店を見てきますね!」



アワアワと部屋を出るエルザの背を見ながら、ロイはからかいの表情を浮かべた。



「お前がこんなに積極的だとはね」



友の悩みが解消に向かい、大切に思う女性と出会えたのだ。 喜ばずしてどうする。

茶化すような言葉を掛けたが、ロイもとても嬉しく感じていた。

幸せな顔でも拝んでやるかと、アルの顔に目を向ける。


すると、そこにあるのは色も欲も感じられない、いつもと何も変わらない友のまなざしだった。



「なに?」


「いやいや………え?嘘だろ?」


「なんだよ?積極的って」



何を言ってるのか、という顔で呆れるアルの横で、ロイはガックリと項垂れた。



「…自覚無し…!」



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