#10 ほめる
「一番上の兄は魔法バカで、研究所に勤めてる。次の兄は領地大好きで、しっかり発展させたいって勉強中。2人とも自分のしたいことを見つけて、突き進んでる。……師匠、おかわり」
「嫌なことはお忘れなさい」
注がれる酒は、一瞬のうちにアルにあおられて、更に注がれる。
それを何度か繰り返していると、マギーがやり手のバーテンダーに見えてきて、エルザはそのおかわり合戦を止めるようにこっそりと指示する。
「そんで……俺は…女性と離れられるから、騎士を選んだ。苦手な事をただ避けてたらこうなっただけ。兄達と比べることではないけど、考えちゃうんだ。そんな理由、情けないって。」
と言うと、またテーブルに突っ伏した。
まるであのご令嬢に敗北したかのような落胆ぶりだ。
体調面に変化がなかったことは大きな前進なのでは?とエルザは感じたが、彼の中ではそうではないのだろう。
「弱気になっちゃいましたね。たまにはそんなこともありますけど」
酒を呑んで忘れることも、呑まれてクダを巻くことも、泣いてしまったって別にいい。
ただ、アルに言っておきたいことがあった。
「アルさんが騎士になった理由、いいじゃないですか」
「え…?」
「好きな事を仕事にするのはすばらしい事です。
だけどアルさんみたいに、苦手を避けることも大事でしょう?
ましてや、あなたは騎士の最高峰にいるんですよ!すごいんですよ?もっと誇ってもいいのに!」
「エルら…」
「そして、そんなに苦手な事を、どうにかしようときっちり向き合ってるじゃないですか」
アルがこちらに顔を向けつつ、左右に揺れ始めた。
眼を見開き、驚きと喜びがないまぜになったような表情で、ゆらゆら揺れている。
酔っぱらいに真面目な話をしてしまった。
酔いがさめたら忘れるのかもしれないが、ひとまず聞いてもらえているようだ。
『避けただけ』といっても、簡単に就ける職ではない。
慢心することなく、国内トップクラスの剣技と魔力を維持する。アルの場合は、苦悩も抱えて。
その努力は誇れるはずなのに、根っこの部分で自信がもてないでいる。
これまでの頑張りを認めてあげてもいいのに、と、エルザはずっと思っていた。
「アルさんは、たくさん頑張ってるんだから、もっと自分をほめてあげて下さいよ」
「……じぶん、ほめる…」
やる気に満ちた拳を握りしめ、ゆらりと立ち上がる。フラフラだけど決意は固そうだ。
かなりお酒が回ってるのか、いきなり倒れそうで怖い。
とりあえず寝かせるものがほしい、と、自室のソファーを瞬間移動させる。
ボワン!と煙とともに3人掛けのソファーが現れる。
それを見て、真っ赤なしたり顔でニヤニヤ頷く酔っぱらい。
「……これ……知ってるやつ…」
「さぁ、水を飲んで一眠りして下さい。起きたらスッキリしますよ」
酔っぱらいの一言は聞こえない振りをしたエルザは、とにかく休ませなきゃ、と、アルをソファーに座らせて水を渡す。ゴクン、ゴクンと大きく喉がなった。
その隙にクッションやらケットを整え、間を空けて腰を下ろす。
「エルらは…?」
「なんですか?」
「…エルらは…おれを、ほめる?」
「…………っへぇ?」
変な声が出た。
艶のある上気した顔がエルザの顔を覗きこむ。その紫の瞳は熱を帯びている。
なぜなら酔ってるから。酔っぱらいだから。
わかってるけど、とんでもない美貌の持ち主に、そんなトロンとした眼差しで見つめられたら……すごく恥ずかしくて直視出来ない。
エルザは赤くなった顔を隠すようにアルに背を向ける。
『ああ』『えっと』しか言葉がでない。
「エルざ……?」
質問の返答がないからか、背後から切なげな掠れた声がした。
きっとまた、怒られた犬みたいに、しゅん、とうなだれているんだろう。
こんなの、耐性のない人間にやめて欲しいと、内心訴えてみたが、エルザが答えなければ、後ろからの悲し気な気配は消えないようだ。
「……アルさん、すごく頑張ってるから…ほめるに決まってるでしょ…」
だからもう休んでください、と続けようとして言葉が止まった。
背中の肩口あたりにトン、と何かがぶつかって、そのままゆっくりと重さが掛かる。
顔を向けると、ふわりとした黒髪が視界に入る。
アルの頭が、肩に乗っている。
「へへ、……そっか」
むにゃむにゃとまどろむようなアルの呟きから、漏れてくる吐息が熱い。
すり、と擦り付けている額から、エルザの心臓の音が伝わってしまいそうで、思わず体に力が入ってしまう。
エルザは恥ずかしくて、勢いよく顔を背けた。
どれくらいそのままで居ただろうか。
ふと、アルの呼吸が規則正しくなっていることに気付く。
そっと様子をうかがうと、すうすうと寝息が聞こえる。起こさないように身をかわし、ソファーへ横たえた。
お酒のせいとはいえ、とんでもない一面を見てしまった。眼を覚ましたら顔が合わせづらいな、とエルザのため息が漏れる。
エルザは薄手のケットをアルにかけて、その顔を見た。
「……幸せそう」
微笑んでいるような、ふにゃふにゃとした幸せそうな寝顔を見て、思わず笑みが漏れる。
さっきの落ち込みはお酒のせいで消えてるといいな、と願う。
もしかしたら、いろいろ覚えてないかもしれない!いやきっとそう!
それも追加で願っておくことにした。
少しして目覚めたアルは、己の失態を聞いて、地に埋まるほどの勢いで土下座を繰り広げた。
落ち込んでいたことも、もはやそれどころではない様子で、ひたすらエルザに謝罪する機械のようだった。
エルザが気になっていたアルの記憶は、ソファーが出てきたあたりで途切れてようだ。
願いが叶えられたエルザは、ひそかに胸を撫で下ろすのであった。
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