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#1 魔女のお守り

初投稿です

よろしくお願いします



「いらっしゃいませ」



城下町の商業区、煉瓦作りの店はかなり年季が入っている。

黒髪の青年がそのドアを開けると、チャイムと共に客を迎える声が聞こえてきた。

青年は緊張の面持ちで、おそるおそる店の中へ足を踏み入れる。


店内はひんやりとしているが心地よい。

ベンチと簡易な商品棚があり、古めかしいが清潔感があって落ち着いた雰囲気だ。

商品棚には“健康”や“金運”“成功”“恋愛”などと刺繍された小さくてカラフルな巾着がきれいに陳列されている。


ここ『魔女の相談室』は占いの店だが、来店する客の大半はこの巾着『お守り』が目当てだ。


石や木の実にまじないをかけた物を小さな袋に入れて、ポケットやカバンに忍ばせておくと願いが叶う、という謳い文句で販売されている。

効能もバリエーション多数で、老若男女問わず需要が高い。

お悩みと占った結果にあわせて作るオーダーメイドのお守りも、既製品に比べ効果が高いとそこそこ人気となっている。


青年は 正面のカウンターに進んだ。

カウンターの向こうにはカーテンで目隠しされていて、奥に続いているようだが、人の気配はない。


店員を呼ぼうと身を乗り出したところで、下からの視線を感じた。



「占いのご予約のお客さまですね、どうぞ」


「は……、は?」



青年は返事を返そうと目線を下げて、固まった。


視線の先にはクマのぬいぐるみが1体、いや1人?両手を振ってこちらにちいさな体を向けている。

毛並みは淡いハチミツ色で、くるくるとしたカールがかわいらしい。眉は八の字、口はVの形に縫い取られている、困り顔の愛らしいクマ。


彼?は、カウンターをよじ登ると、唖然としている青年にペンを握らせ、受付票を書くように説明を始めた。



「お名前は仮のものでも結構です。できたらご案内しますので」



こげ茶のガラス製の丸い眼が、愛らしくこちらをみている。ただ、彼から聞こえてくるのは、成人男性のいい声だ。


子どもに大人気のファンシーな容姿なのに、法話する聖職者のような落ち着いた口調というのは、見た目とのギャップが激し過ぎる。


青年は緊張と戸惑いを抱えつつ、名前欄に『アル』と書く。仮の名前が思い浮かばなかったので、普段使っている通称にした。



「私のことはマギーと。ではアル様、奥へどうぞ」



マギーはアルの受付票と前金を受けとると、全身を大きくぐるりと回して『どうぞ』と奥を示す。


アルはそれを目の端に入れながら、不安な面持ちでカーテンの向こうへ進んで行った。









奥の部屋は、木製の椅子が一脚あるだけでがらんとしている。


マギーに促され、部屋の中央にある椅子に腰掛けると、ボワン!と煙が舞い、目の前に重厚なテーブルと椅子が現れた。


心臓に悪いな―――アルは顔をひきつらせながら、向かいに登場した椅子をなんとなく眺める。

魔女が座るのだろうか、アルが座っている物よりもだいぶ年季が入っている。張り布の深い赤の別珍は所々褪せていた。



「申し訳ありません。ただいま参りますので」



マギーが、失礼、と言いながらテーブルによじ登り、仰々しく右腕をかざす。

先程の ボワン! とともに、目の前にティーセットが出た。若草色のティーカップに注がれている紅茶は、まだ湯気を昇らせている。



「…ありがとうございます…」



馴染みのある香りに落ち着きを取り戻したアルは、初めてマギーに言葉を向けた。



「こちらこそ、ご来店ありがとうございます。さぁ、冷めないうちに」



表情は困り顔のままで変わらないが、心情はにこやかなのだろう、きっと。

マギーに少しずつ慣れてきたアルは、この状況に興味が湧いてきた。



「…これは、魔女殿の魔法ですか?」


「いえ、お茶をお出ししたのは私の魔法です。椅子やテーブルは魔女…当店の店長のものです。」



マギーは片腕を胸にあてて、恭しくお辞儀をする。

アルはカップを両手で包み込み、そうですか、と小さく頷く。


頭の中に、聞きたいことが次々浮かんでくる。

クマ…いやぬいぐるみも魔法を使うのか?とか、君はぬいぐるみだからどちらかというと魔道具よりなのか?そもそも君は男でいいのか?など。

どれも確実に彼の矜持にふれそうで、聞きづらい事ばかりだ。



「あ、もうすぐ来ます」



マギーの言葉に、またいきなり出るのではと身構えて、キョロキョロ辺りを見回した。


やがて、ダダダダダ、と勢いよく階段を降りる音がして、奥から小柄な人物が現れた。

そのままアルの向かいの椅子の横に立つと、濃い紫色のローブのフードを外す。

柔らかそうな淡い飴色の髪が肩上でフワリと揺れて、快活そうな若い女性が頭を下げた。ソファと同じような紅色の大きな瞳がアルへ向けられる。



「すみません、遅くなりました。魔女のエルザです」



店主であるエルザは遅刻を詫び、ハキハキと自己紹介した。

予約の時間を忘れ、新作のお守り作りに没頭してしまったのだ。

本来なら、この部屋で威厳たっぷりに迎えるつもりだったのに、品格や貫禄などはすっかり蹴散らしてしまった。


早速始めますね、とエルザは椅子に腰掛けながら、マギーから受付票を受け取り、さっと眼を通す。



「ええと…アルさん、ですね」



エルザは、先ほどから反応のないアルの様子をちらりと伺った。会ってからずっと下をむいて、体にすごく力が入っているようなのだ。

遅刻したのを怒っているのか?魔女なのに魔法で現れなかったからガッカリしたのだろうか?


話を進めようか迷っていると、アルがボソボソと話し出した。



「……あなたが魔女殿、…ですか?…もう少し…他の方は、いないのですか?」



俯いたままで、か細くかすれた声が聞こえた。


エルザはそういうことか、と、少しムッとする。

こちらが若い女性と知ったとたん『信用できない』とか『小娘に何がわかる』とか、うんざりするが、たまにいるのだ、こういう客は。


しかしこれは客商売だからなぁ―――感情を出さないようにキュッと口角をあげる。



「申し訳ありません。ここは私1人で切り盛りしてますので、代わりの魔女はいないんです。これでも、お悩み解決の実績は結構あるんですよ」


「いや…そういうことではなく…」



アルは遅刻に怒った訳でも、エルザの事を頼りなく思った訳でもなかった。


代わりの魔女を求めたのには、相談事に関係する理由があるのだが、うまく言葉が出てこない。

額にじんわりと嫌な汗が滲んで、焦りと緊張で喉がうまく開かない。



―――ダメだ、諦めよう……


「……やっぱり、帰ります…」



急に立ち上がり、ボソッと呟いた。


そのまま出口に向かおうとしたアルを、エルザがあの!、と咄嗟に声をかけて引き止める。



「私じゃ力になりませんか?……何かお困りなんですよね?話すだけで楽になる事もありますよ?」


「…貴女が…どうとかではなくて、根本的な問題、というか…」



顔を附せたままで、相談する気はないようだ。

エルザは小さく息をついたが、ふと妙案を思いつく。



「お帰りになるなら、これをお持ちください」



ポケットから小さな巾着を出し、テーブルに置いた。薄い黄色の布地に白糸で“開運”の意味の単語が刺繍されている。



「新作のお守りです。良いことがありますように、という軽いものです。

他に比べて効き目は弱いかもしれないけど、そのかわり幅広くサポートできますから」


「……しかし…」



エルザは、表情が堅いままのアルを、このまま帰したくなかった。


『相談室』は、元は亡くなった祖母の店だ。

祖母は魔力が強かったので、多くの人の救いとなっていた。

人を当たり前のように助けて、大したことしてないわよ、とニコニコ笑っている祖母がとても誇らしく、大好きだった。


エルザの魔力は祖母のものに比べると弱い。

しかし、困っている人の役に立ちたい、祖母のように生きたいとエルザは店を継いだのだ。



この人の助けになりたい。



頼りないと思われていてもいいから、このお守りで少しでも気休めになればいい。

エルザはアルが気負わないように、軽く、何でもないことのように振る舞うことにした。



「前金分ですからどうかお気になさらずに。要らなければ捨てていただいても構いません。

もしかすると、これでお悩みが解決できるかもしれませんし。

もちろん、改めて来店して下さってもいいですけどね」


もうここには来ないでしょうけど、という言葉は内に留めた。


アルはちら、とテーブルの上に置かれたお守りを見る。


確かに前金は支払ったが、あまりに少額だ。

これをもらってしまえば、儲けにならないではないか。

だが、彼女は受け取るまで引かなさそうだし…。

ギュッと眉を寄せつつ、そっとお守りを掴む。



「…では、ありがたく頂きます」


「はい、あなたに良いことがやってきますように」



エルザはにこやかに客を見送るときのお決まりの言葉をかけた。

アルは軽く会釈をして踵を返す。

最後までエルザと眼を合わすことなく、足早に店を後にした。



「…いらないお世話だったかもなぁ……」



エルザは一人、ポツリと呟く。


あまりに渋い顔をした客の顔を思いつつ、もう会うこともないだろうが、お守りが少しでも彼の助けになればいいな、と願う。



「眉間にシワができてませんように」







御覧いただきありがとうございます

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