プロセルピナの微笑【完結】
──意識が覚醒したとき、彼の視界は真っ白な光のなかだった。
四肢の感覚はしっかりとある。どうやらベッドに寝かされているようで、光は天井から照らすライトのものだ。周囲には人の気配があって、よく見ると彼らはテレビの医療モノドラマで見たような手術衣を着ていた。
「奇蹟でも起きない限り」という誰かの言葉が浮かんで消えた。もしかして自分は、奇蹟的に死なずに済んだのでは──?
「おい待て、こいつはなぜ覚醒している?!」
「そんな……ついさっき拒絶反応で心肺停止したはず……」
「まだ脳改造は終わってない! まずいぞ!」
周囲から聞こえる言葉にこびりつく違和感。右腕をすこし動かすと大仰な破壊音が響き、続いてけたたましいアラート音が部屋中に溢れた。
地震か? ぼんやりとした頭でそう思いながら、自分の腕を見る。
「……なんだ、これ」
彼の腕は真っ黒だった。甲冑のように、あるいは甲虫のように、黒く艶めく硬質な素材で、すきなく指先まで覆われていた。
慌てて上体を起こす。体に何重にも巻き付けられていたらしい金属製のチェーンが、たやすく千切れて飛び散った。
「……なんなんだ、これは」
見下ろす全身も、腕と同じだった。胸から腹から足の先まで、艶やかな黒と、ところどころは血のようにどす赤い、二色の装甲で覆われていた。おそるおそる触ってみた顔も堅くつるりとしていて、額には何やら角のようなものが二つ生えている。その角には、自分自身の堅い指先にさわられているという触感があった。
「おい! なんなんだ、これは!」
口も装甲で塞がれていたけれど、彼の発した怒声は空気を震わせるほど大きかった。しかし部屋の中にいた手術衣たちはもうとっくに、一人を除いて全員が逃げ出している。
──その一人の顔を、彼は知っていた。
「なんなんだよ、これ? なあ、教えてくれよ……和人!」
哀しみとも憐れみともつかない眼差しを向けてくる親友に、彼は両腕を拡げて我が身の異形を示しながら問いかける。
それが彼と「組織」との、長い長い戦いのはじまりだった……。
…………。
「──今回も、うまくいきましたね」
世界と世界の狭間。暗黒の中に、やわらかな女声が響いた。ルピナである。
『ああ、いつも完璧な仕事ぶり、感謝する。約束通り、転生キャンセルによる余剰マナはすべてお前のものだ』
静かに答えるのは、詐欺への警句を発していた硬質な男声。
「ありがとうございます。しかし、成功はあなたさまの見事な演技あってこそ。さすが大手世界の管理を任されるお方はちがうなと、感服しきりです」
『世辞はいらんよ。まあ、あれほどの逸材をみすみす異世界に転生させてはたまらんからな。たっぷりと業を背負わせて、こちらの世界の抑止力として働いてもらわねば』
「ええ、あの方ならばきっと、よい働きをしてくださいますよ」
『その命運が尽きるまで、な』
「それはすこし、かわいそうですね」
『心にもないことを言うじゃあないかプロセルピナ、いや、異世界転生詐欺師よ』
「ふふ──詐欺師とは、そういうものではなくて?」
闇の中、かすかに浮かんだ美しい女の顔は、ぞっとするほど優しげに微笑んでいた。
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それではみなさまもどうぞ、詐欺にはお気を付けくださいませ……!!