異世界転生のお誘い
──意識が覚醒したとき、彼の視界は暗黒に塗りつぶされていた。
しかも、まるで空中に浮かんでいるかのようにふわふわと、四肢の感覚が曖昧だ。
「……ここは、どこなんだ」
「はい、こちらは世界と世界の狭間になっております」
予想外の即答は、すぐ傍から発せられた。春の日差しのようにやわらかな声が心地よく鼓膜をくすぐる。
声質からすると、若い女性のようだ。
「……は?」
「世界と、世界との、狭間になっております」
「いや、というか……、そもそもあなたは誰?」
「はい、わたくし、プロセルピナと申す者にございます」
「ぷろせる……ぴな……?」
「ええ、ご復唱いただきました通りの名にて活動させていただいております。プロセルピナと呼び捨てていただいても構いませんし、親しみを込めて『ルピナちゃん』でも、なんでもあなた様のお好きなようにお呼びいただければと」
「そう。……じゃあその、ルピナさん」
「はい! なんでしょう?」
「あ、ちなみに俺は御影義道といいます」
「ご丁寧にありがとうございます。ですが、お名前は存じ上げております」
「……そうなのか……じゃあ、俺は本気で何がなんだかわかってないんだけど、そちらは全てを把握してるってこと?」
「はい、何もかも存じ上げておりますよ。ではこの場所、世界と世界の狭間についてのご説明に移らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「……わかった。とりあえず聞く」
「ありがとうございます。さすがに肝が据わってらっしゃいますね」
「さすが?」
「いえいえ、こちらのことです。さて、まずはあなたさまの現状についてご説明させていただきます」
「頼む。ウーバーの配達途中だったことまでは、うっすらと思い出せる。お客さんに申しわけない」
「ああ、ああ、その責任感、ほんとうにさすがです。大丈夫、お待ちのお客様には迅速に再配達されるよう手配いたしますので」
「ということはつまり、俺が配達するのは不可能な状況ってことか?」
「ええ、ええ、そうです! やはり聡明でいらっしゃる。あなた様は配達の途中、居眠り運転の大型トラックにお轢かれあそばしまして、いままさにお亡くなりになる瞬間となっております」
「……おひかれ……あそばし……」
「その瞬間の意識のみを、この『狭間』にお連れさせていただきました」
「……それは……、ほんとの話なら、なかなかにキツいな」
「はい、直前の出来事については記憶の混濁があると思われますが、あなた様は配達の途中でお知り合いと久々に再会なさったのです。和人さまと、祥子さま」
「──ああ。あのふたり」
「それと、おふたりのお子様です」
「すこし、思い出してきた」
「あなた様がお轢かれあそばしたのは、そのお子様の身代わりになったためです」
「……なるほど。そうか」
ぼんやりと記憶が蘇ってくる。信号待ちで、数年ぶりにばったり再会した親友と、幼馴染。そして、ちいさいころの幼馴染にそっくりな、二人の愛娘。
その子を救うために自分は、命を投げ出したということか。
──なら、まあ、しょうがないな。
「その子は無事なのか」
「そうですね、膝っこぞう擦りむいたくらいで済みそうです」
「……そうか、よかった」
「はい、たいへん英雄的行動です。そんなあなた様だからこそ! 本日は、とても良いお話をお持ちいたしました!」
「……良い話……?」
「──はい! それはもちろん、異世界転生でございます!」
……さあ、騙されないよう眉にツバをたっぷりつけて……!