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 私たちが暮らす島には古くからの言い伝えがある。

 

太陽が月に覆われて完全に見えなくなる日。太陽が月に覆われて完全に見えなくなると、神殿の奥にある泉に月ではない光が現れる。その光の中に身を沈め、太陽に覆われていた月が現れるまでの時間、願いを唱え続けると願いが叶う。

 神殿が使われていた何百年も前の島民は、神殿のそばにある泉を〈言霊の泉(ことだまのいずみ)〉と呼んでいたそうだ。


 とはいえ、現代の島民のほとんどは、しゃっくりが百回出たら死ぬ、夜に口笛を吹くと蛇が出るレベルの迷信だと思っている。

 昔々あるところに――と続く昔話の一つだと。

 でも、私たち五人はそうじゃなかった。


「今年で一〇年目だ。約束は覚えているな」


 (さく)ちゃんは確認をとるように私たち一人一人に目配せをする。


「うん。これで終わり」


 一番に返事をしたのは私だ。

 五人で言霊の泉にくるのは今年で最後。今から一〇年前、まだ六歳だった私たちが朔ちゃんと交わした約束だ。

 幼馴染の中で一人年上の朔ちゃんは今年高校三年生になった。

 こんなことを続けていても無駄だと突き放すことなく、私たちの気持ちを汲み取り続けてくれた朔ちゃんに対して、私たちも区切りをつけなければならない時がきたのだ。


 あれから小学校を卒業して、中学生になって、今年高校生になった私たちの中に、願いがかなうなんて本気で信じている人間はもういないと思う。

 願いが諦めきれないっていうのは嘘じゃないけど、それは建前だ。本音は、こうやって一緒に何かをやり続けている時間が楽しかった。とても幸せな時間だったのだ。

 この儀式が、イベントが終わってしまうことが寂しかった。


 でも、これで終わり。今日で本当の終わり。

 茉莉花(まりか)(おう)ちゃんも「わかってる」、「うん」と、それぞれ返事をした。

 二人の暗い表情からも、この時間が終わってほしくない気持ちが伝わる。


「わかってる。ほら、いくぞ」


 大賀(たいが)だけは表情を変えることなくいつものように先頭をきって、私たちよりも先に神殿を進んでいく。

 大賀は、この一〇年どんな気持ちだったのかな。

 今から一〇年前。茉莉花、私、桜ちゃん、そして最後まで難しい顔をしながらも私たちのわがままにつきあってくれた朔ちゃんの四人で、大人の目をすり抜けて言霊の泉に行ったのが始まりだった。

 

 私たちの願いは、かなわないどころか、その帰り道に茉莉花は沢に落ちて大怪我を負い、車椅子になった。

 茉莉花を助けようとした私は、木の幹で腕が擦れて火傷のようになり、右肩から二の腕にかけて消えない傷ができた。

 桜ちゃんも朔ちゃんも、私たちが怪我をしたことで自分を責めて、心に深い傷を負った。

 誰のせいでもない不幸な事故を、大賀が自分のせいだと責め続けていないか、この一〇年聞きたくても聞けなかった。


 私たちは持ってきた荷物を泉の傍に置いた。いつ水の中に入ってもいいように、携帯電話もすべて置いた。

 そして、朔ちゃん、茉莉花、私、大賀、桜ちゃんの順に泉を囲むように並ぶ。

 少しずつ、少しずつ、暗さが深みを増して、水面に映る月が消えようとしていた。

 太陽と月が完全に重なったときが、私たちの本当の終わり。


真白(ましろ)


 茉莉花が小さな声で私を呼ぶ。


「うん?」


「そのまま。そのまま聞いて」


 夜空から視線を落とそうとした私を茉莉花が止める。

 だから、今にも真っ暗になろうとしている空を見上げたまま、私は茉莉花の声に耳を傾けた。


「ずっとそばにいてくれてありがとう」


 どうして今そんなことをと思ったけど、すぐにわかった。

 今日で最後だから、あの日から今日までの時間が走馬灯のように頭を駆け巡っているのだと思う。

 今の私がそうだから。


「あの日、助けてくれてありがとう。体、傷になっちゃって本当にごめんね」


 私こそ、あの日、最後まで助けられなくてごめんね。引っ張り上げることができなくて、本当にごめんね。

 茉莉花に言ったら絶対怒られるだろうから言えないけど、私にもっと力があったらって、何度後悔したかわからないんだ。


「……茉莉花、これからもずっと一緒だよ」


「当然よ」


 一寸の迷いもない茉莉花の返事が聞こえたのと同じタイミングで、太陽と月が完全に重なった。

 終わった。私たちの儀式が。私たちが一緒に過ごす時間が。

 私たちの願いは、一〇年目もかなうことなく終わるはずだった。

 最初に声を上げたのは茉莉花だ。


「えっ……水、水面っ!!」


 茉莉花の裏がえる声に私たちも空から水面に視線を落とした。


「「「「っ!!」」」」


 一斉に水面を見た私たちは言葉を失った。

 信じられないことに、目の前の泉に今まで見たこともない輝きを放つ光が現れていた。

 立ち尽くしている私たちをよそに、真っ先に行動に出たのは茉莉花だった。

 バシャンッ!

 という激しい音を立てて、茉莉花は車椅子から泉に身を投げた。


「茉莉花っ!」


 後を追うように私、朔ちゃん。そして、大賀と桜ちゃんも落水した。

 朔ちゃんは茉莉花の体を、私は手を。大賀は私と桜ちゃんの手をしっかり握って、光の中に身を沈めた。


「みんな願って!!」


 茉莉花の叫び声にも似た声が響く。

 そうだ。願い。願いを唱えるんだ。

 私たちの願いは一〇年前から変わらない。


 〈大賀のお母さんが戻ってきますように〉


 ぎゅっと目を閉じて、何度も何度も心の中で繰り返した。

 光は私たちを包み込んで、そして――


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