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決勝戦のその前に その2

 時間は進み、運命の五月一日がやってきた。


 天気は雲一つない快晴。北から涼しい風が吹いており気温も二十二度と過ごしやすい。最高の日和だ。


 決勝の日程は朝から燈、市長、上長が順にあいさつし、前座のセレモニーが行われている。


 町の活気も最高潮に達し、観客席に敷き詰められた人々のボルテージが徐々に上がっていく。テレビが設置された飲食店は満席になり、客の目は画面にくぎ付けになっていた。


 仕事にいそしんでいるはずの社員も端末の中継の準備をし、同じデスクに座る部長も見て見ぬふりをする。


 大陸中の人間が手を開け、決勝を今か今かと首を長くしていた。


「さぁ、いよいよ第皐月杯決勝が行われます。改めまして実況は私、東山がお送りします。解説は三角さんにお越しいただきました。三角さん、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


「さて、今回の決勝戦、出場した選手はどちらも初出場。しかも片方は剣士ですらありません」


「そうですね。まさに異例の組み合わせです。雲丹亀選手が決勝に残ったのは予想外でした」


「雲丹亀選手といえば、一昨日の準決勝では恐ろしい力を披露していましたね」


「ええ。背筋が凍るとはあの状況を指すのでしょう。陸震杖の、いや雲丹亀選手の本気を見ました」


「もしかすると、長い皐月杯の歴史において、はじめて術士の優勝者が誕生するかもしれません。その可能性は高いでしょう。対する穂積選手は初戦から見事な戦いぶりを見せてくれました」


「はい。真正面から正々堂々と、相手を軽んじることなくまっすぐな剣をふるっています。まさに剣士かくあるべしといった感じですね」


「なるほど。ありがとうございます。そんな両選手が戦う決勝戦、言い換えれば天斬剣と陸震杖の戦いになるわけですが。率直に質問します。三角さん、どちらが勝つと思いますか」


「……難しいですね。今までの戦いを振り返れば、準決勝で圧倒的な実力を示した雲丹亀選手が有利と見るべきでしょう。ただ━━━」


「ただ?」


「穂積選手はこれまでの戦いで全力を出してはいないと思うんですよね。『その斬撃はあらゆるものを斬り裂き、その神速の動きは何者も捉えられなかった』と謳われている初代国王の剣。彼の力を受け継ぐ穂積選手なら、あっさりと負けるとも思えません」


「なるほど。どのような結果であれ、まさに世紀の一戦になる予感がします」


「はい。見逃せない戦いになります」


「ありがとうございます。それではCMを挟みます」


 スポーツドリンクのCMソングが流れ始めたところで、宗次郎はテレビを消した。


 ━━━天斬剣の力、か。


 腰に帯びた天斬剣の柄に手をやる。


 千年前の戦いでは敵が妖だったので容赦なく斬り殺してきた。が、今は状況が異なる。時間と空間を操る波動を本気で駆使すれば、玄静を殺してしまいかねない。


 ━━━その辺りの線引きは難しいところだ。


 勝利条件は相手に敗北を宣言させるか、気絶させるか。もしくは審判が勝利したと判断するような戦闘状況を作り出

せるか。


 ━━━やるしかない、か。


 息をふぅと吐くと、付き添いの森山と阿座上がじっとこちらを見ている。


「どうしたの?」


「いや、やけに落ち着いているな宗次郎」


「宗次郎様、どうしていつも通りなんですか」


 二人とも青い顔をして微かに震えている。待機処のすぐ上にある観客席から伝わる熱気と期待が極度の緊張を生んでいるんだろう。


「二人を見てると逆の落ち着くんだ」


「そういうものか……」


 阿座上はせわしなく動き回り、森山は手のひらに人と書いて何度も飲み込んでいる。


「阿座上さん、寝なくて大丈夫ですか?」


「なに、一晩くらいの徹夜ならまだいけるさ」


 阿座上の目にはくっきりと黒い隈が入っている。


 昨日は玄静の地震対策に補修工事をするため、闘技場の全剣闘士が徹夜で作業をしていたのだ。


 試合開始まであと五分。泣いても笑っても現実は変わらない。


「ん?」


 関係者以外立ち入り禁止になっているのに、廊下の向こうから人影がやってくる。


 大人の女性と子供の二人組。子供は━━━


「壱覇……」


「ちょっ、真子。どうして来た!?」


「ごめんなさい、あなた。この子がどうしても穂積選手に会いたいって……」


 おしとやかさを感じるこの女性は壱覇を預かっている阿座上の奥さんのようだ。


「……こんにちは。ソージローさん」


「こんにちは」


「……」


 挨拶を終えると壱覇は気まずそうに視線を逸らし始める。


 壱覇が何をしたいのか、なんとなく宗次郎は悟った。


「すみません。三人とも席を外してもらえませんか?」


「なっ……もうすぐ決勝だぞ!?」


「宗次郎様……」


「すぐに終わらせますから。お願いします」


「……ふぅ、分かった」


 宗次郎が頭を下げると、阿座上夫妻と森山は廊下の影に姿を消した。


 ━━━そういや、二人で話すのは初めてか。


 初対面では泥団子を投げられ、二回目は玄静と壱覇の会話を盗み聞きしていた。


 こうして話ができる以上、『父親が捕まったのは宗次郎のせいだ』という誤解は解けたのだろう。


「これでいいか?」


「ごめんなさい。もうすぐ決勝戦なのに……」


「いいさ。その代わり手短にな。ほれ」


 ベンチに座り、隣を叩いて壱覇を座るように促す。


 壱覇はペコリと頭を下げ、宗次郎とは少しだけ距離をとって座った。


 歓声は大きくなっているはずなのに、やけに小さく聞こえる。


「それで、何の用かな」


「……謝りたかったんだ。父さんが捕まったのは僕のせいなのに、宗次郎さんのせいにして━━━」


「待て。待て待て待て」


 壱覇は玄静の一言を真に受けてしまっている。それはまずい、と宗次郎は頭を振る。


「君の父親が捕まったのは君のせいじゃない。自分を責めちゃダメだ」


「玄静さんは━━━」


「あいつのいうことなんか気にしない方がいい」


 宗次郎の言葉を聞いても、壱覇はうなずいたままだ。


 宗次郎は立ち上がって壱覇の前に膝をついて目線の高さを合わせる。


 こうした方がいいと、宗次郎は門から教わったのだ。


 三上門。


 千年間に戻ってきたばかりの、記憶と波動を失い廃人同然になった宗次郎を見つけてくれた人物。さらには宗次郎の面倒を見てくれた、まさに命の恩人にも等しい人間だ。


 門は宗次郎の面倒を見ることを条件に穂積家の別荘に住むことになった。おかげで、『自分の道場を持つ』という夢を叶えることができた。


 なので宗次郎の記憶が戻った今も、遭橋市にある別荘にいる。


 日頃から子供に接する機会が多い門なら、何かいいアドバイスをもらえるかもしれない。そう考えた宗次郎は、ある夜、門に電話をしたのだ。


『門さん、お久しぶりです。夜分にすみません』


『宗次郎くん。こんばんは。すみませんだなんてよしてください。私と宗次郎くんの仲じゃないですか』


『ありがとうございます』


『それで、なんの用でしょう? 皐月杯の活躍は私の耳にも届いていますよ』


『実は、相談がありまして━━━』


 宗次郎は壱覇少年の件について、門に伝えた。


 父親である圓尾のこと。蟠桃餅のこと。それらを全て聞いた上で、門はこう告げだ。


『なるほど。そんなことが……』


『はい。自分もどうにかしてあげたいんです』


『では、いくつかアドバイスを』


 門は、子供と同じ目線で話すことなどの技術を宗次郎に伝えた。


『それから、最後に』


『はい』


『ゆっくり、時間をかけていきましょう。壱覇くんの人生はこれからですので。宗次郎くんはわかっていますね』


『はい。もちろんです』


 言葉も忘れ、自分が誰かもわからなかった宗次郎を、門は根気強く面倒を見てくれた。いかなる時も全力で、真面目だった。


 なら、宗次郎が壱覇に対して同じように接するのは当たり前のことなのだ。


「もう一度言う。君のせいじゃない。悪いのは君の父親の桃の薬を売り渡した奴らだ」


 玄静の言葉は壱覇の心に深い傷を負わせている。この一言だけで救われると宗次郎は思っていない。


 長い時間をかけて、少しずつ傷を癒すしかない。これはそのための第一歩だ。


「でも、玄静さんは強いよ……」


 か細い声で壱覇が語る。


「準決勝が終わってから、いつもテレビに出てる。すごい力だって。優勝するんじゃないかって。才能が全てなんじゃないのって思っちゃうよ」


 テレビをつけ、玄静の映像がうんざりするほど流れれば説得力が出て来てしまう。


「……確かにな。玄静は強い。才能だって確かにあるんだろう。けど━━━全てじゃない」


 はっきりとした口調で宗次郎は自分の考えを口にする。


「才能だけで何もかも決まるなら、俺はここまで強くなってない。俺が壱覇君くらいの頃は、波動が覚醒してばかりでさ。

使いこたすために結構苦労したんだ」


「そうなの?」


「そうさ。だって、自分になんの才能があるかなんてわからないだろう?」


 時間と空間を操る波動は強力だが扱いが難しい。その上周りに同じ属性の波動師もおらず、師匠が見つかっても自分

でどうにかしろと匙を投げられる始末たった。


 何ができるのか。何ができそうか。手探りで一歩一歩進んだからこそ今の宗次郎がある。


「俺は英雄になりたい。今でもそう思ってる。君のお父さんと同じように。だからこそ今の俺がいる。才能なんて気にするな。もしやりたいことが見つかったら全力で楽しめるように」


「……うん」


 頭をポンポンと叩く。


 ここでサイレンが鳴り響く。どうやら時間のようだ。


「じゃあ、行ってくる。せっかくだからここで試合を見ていくといい。特等席だぜ」


「うん!」


 立ち上がってグラウンドの入り口へ向け歩き出す。


 風が肌を焦がすほどの熱量と期待を運んでくる。


「ソージローさん!」


「?」


「頑張って」


「……おう!」


 振り返った先にいる壱覇は期待の眼差しを向けてくれていた。




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