無能な青年と無情の姫 その7
爆風に巻き込まれるよりも前に、皇燈は刹那のうちに階段の手前まで移動した。
活強。波動で身体能力を強化する技術を用いて、門と結衣の二人を担いだまま階段の入り口まで移動した。
「っ……」
爆発の規模はそれほど大きくなかった。にも関わらず、神社の本殿は煙で見えない。火事が起きたにしても、この煙の量は異常だ。
━━━敵の策か。
燈は警戒心を高めた。
「燈様!」
「ご無事ですか!」
煙の中から二人の烏が飛び出す。爆風により多少のけがを負っているようだが、行動に支障はないらしい。
「笹崎、二人を麓まで運んで、救護班の手配を。田上は練馬をここへ呼びなさい」
「「御意!」」
命令に従って二匹の烏は階段を下っていく。
増援の到着を待つより先に、燈は本殿に向かった。
━━━あの男は大丈夫なのだろうか。
刀を抜き、戦闘態勢に入った途端にふと疑問が湧いた。
自分の顔を見て、苦痛に顔を歪ませていたあの男。床に伏していたせいで助けられなかった。いや、屈んでいるのなら爆風や破片に巻き込まれはしないだろう。
そこまで考えて、燈は頭を振って雑念をかき消した。
刀を構えながら慎重に歩みを進める。この煙の中、どこから敵が現れるかわからない。微かな気配、微かな音を逃すまいと意識を集中させる。
意識を集中させ、爆発があったと思しき本殿の中に入る。建物にこれといった損害は見られない。
「!」
祀られている御神体を守るための結界が解除されている。強引に破られたのではなく、正式な手順で解かれていた。
とすると、御神体は━━━
「っ!」
気配を感じて身を屈める。燈の頭の上を閃光が煌めいた。
「あーあ、惜しかったなあ。最高のタイミングだったのに」
バックステップで距離を取り、斬りかかった相手を睨みつける。
「シオン、あなただったのね」
「んふふ。二ヶ月ぶりねー、燈」
刀をくるくると回しながら、シオンと呼ばれた少女は醜悪な笑みを浮かべた。
年齢は燈と同じ程度だが、体格は平均より頭一つ分小さい。王国人には珍しい金色の髪と美しい顔立ちは、殺し合いの場でなければさぞ話題を呼んだだろう。
「そうそう。これはもらっていくからね」
燈は驚愕して目を見開いた。シオンがいきなり背を向けたこともそうだが、何より背負っている木箱が問題だった。
波動術によって幾重にも封印が施されたそれは、神秘的なまでに輝きを放っている。
間違いない。木箱の中身こそ、かの天斬剣━━━千年もの昔、天修羅を斬り伏せ、この国の始まりを築いた英雄の武器。初代王の剣が使用した伝説の宝刀そのものだ。
やられた。この状況こそがシオンの狙いだったのだ。燈は小さく汗をかいた。
「やっと、あなたを殺せるわ。燈」
「ふうん。そう」
向けられた殺気を払い除けるように、腰に下げた波動刀を抜く。
どうということはない。話は単純になったと考えれば済むこと。ようは目の前にいる女を倒して、天斬剣を奪った仲間の情報を聞き出せばいいのだ。
「なら、遠慮はいらないわね」
燈の言葉を合図に、二人の姿がぶれる。あまりの高速移動に空気が震える。活強により強化された肉体同士が繰り広げる剣戟は通常のそれを遥かに凌駕していた。
波動をまとった刃が激突する。火花が散っては充満する煙の中に消えていった。
燈が瞬間のうちに三度突きを繰り出せば、シオンはそれらを交わして横薙ぎの斬撃を繰り出す。手首をひねって刀を当てて斬撃の軌道をそらし、そのまま下段から斬りあげる。
十回以上剣が交じりあったところで、二人の動きが止まる。燈は圧倒的な波動量を誇るが、剣術と活強の腕はシオンが勝る。
━━━まずいわ。
煙の濃度が薄まっている。このままでは戦いが露見してしまう。
燈は再び刀を構え、自身の波動を展開させる。波動は水色のオーラのように立ち上り、急速に周囲の大気を冷却。水分を氷柱へと形を変える。
シオンも迎撃に移行する。緑色の波動が吹き上がると、どこからともなく風が渦巻き、シオンの刀に絡みつく。
「氷刀の━━━」
「風刀の━━━」
刀身に宿った波動が形を変えてぶつかるまでの、まばたきほどの間。
「え?」
燈は信じられないものを見た。