皐月杯 第二回戦
大会開始から四日。皐月杯の一回戦の全試合が終了した。終了後は各試合の勝者がグラウンドに集まり、二回戦の組み合わせをくじで決める。
一回戦の第七試合の結果は引き分けになり、両者ともに負傷が激しいため今大会を欠場した。そのため一人はシード扱いになり、自然と勝ち上がる。
くじの結果、宗次郎は第二試合に出場が決まり、玄静は幸運にもシード権を手にした。
やる気のない玄静は不戦勝を勝ち取った運に感謝し、それはそれはとても喜んだ。おかげで宗次郎は翌日、テンションの上がった玄静がウザがらみしてきて迷惑をこうむったが。
大会から五日目。二回戦が始まった。宗次郎が出場する第二試合は正午からだ。
対戦相手は立花一成。水の波動を使う、第三訓練場の監督を務める男だった。肩まで伸ばした長髪の黒髪を後ろで縛っている、快活さあふれる二枚目。彼は試合直前、こんな提案をしてきた。
「波動術を使わず、剣術と活強だけで勝負をしてほしい」
一成は剣術が得意で、闘技場で一番の腕前を誇る。映像記録でも水の波動と合わせて縦横無尽の立ち回りを演じていた。
宗次郎はその申し出を快く引き受け、第二試合は純粋な剣術の腕比べとなった。
開始直後から鋼と鋼がぶつかり合う。一成が大上段から勢いよく振り下ろした波動刀を宗次郎が中段から叩きつけ、受け止める。
通常の刃物なら、このような乱暴な扱いをすれば刃が欠ける。
だが波動刀なら心配無用。波動を纏った金属はそれだけで不思議な力を持ち、硬度も数倍に跳ね上がる。
鍔迫り合いの状態が続き、二人は笑い合う。
━━━続けよう。
どちらともなく鍔迫り合いをといて真っ向勝負に移る。
打ち込まれ、防ぎ、ねじ込み、弾き、叩き込まれ、凌ぐ。
剣と剣による原始的な戦い。ぶつかり合う金属音が、飛び散る火花が、これこそが闘争の原点であると声高に主張する。
穂積宗次郎と立花一成。どちらの振るう剣がより力強く、素早く、巧みなのか。
序盤は一成が優勢だった。映像記録で見るより一成の剣は鋭く、一撃が重かった。宗次郎は対応に追われ、防戦一方になる。
試合は長期戦の様相を呈してきたところで、宗次郎は攻勢に出る。
時間は宗次郎の味方だ。一成の間合い、斬り込むタイミングを見切り、正確に隙をついていく。
試合は四十分の長きにわたり続いた。最終的に酸欠で息が切れ、意識が朦朧としながらも一成の剣をからめとり、弾き飛ばしたのだ。
「決着―! 長き死闘を制したのは穂積選手です! これは強い!」
「いやー、素晴らしい試合でしたね! 互いに剣術のみで戦うとは……」
終了のホイッスルが鳴り、観客がかつてないほどに盛り上がる。
「最高の試合だったぞぉ!」
「穂積―! お前も剣闘士になれ!」
「お前ら最高だー!」
どうやら、剣のみで行う原始的な戦いが観客の心をつかんだようだ。
宗次郎と一成は息を荒げながらがっしりと固く握手する。
「ありがとう。楽しかった」
「こちらもだ」
肩をたたきあって別れを告げ、待機処に戻る。疲労感で体がだるいが全力をぶつけ合った満足感が心を軽くしていた。
「勝利おめでとう! 見ているこちらも熱くなったぞ!」
「おめでとうございます宗次郎様!」
「ただいま」
森山と阿座上の出迎えに片手をあげる。
「ここに残るか?」
「いや、いい。控室に戻る」
映像記録をすぐに見返すのは後でもできる。今は一刻も早く汗を流したかった。
三人で控室に戻り、宗次郎はシャワーを浴びる。
「ふぅ」
さっぱりしたところでドライヤーで髪を乾かす。
「またか! いったい何をしに来た!」
「なんだ?」
ドアとドライヤーの騒音を抜けて、阿座上の怒鳴り声が耳に飛び込んでくる。
━━━もしかして。
阿座上が怒鳴る相手に心当たりがあるとしたら玄静だ。そう予想してドアを開けると、やはり玄静が玄関にいた。
「やあ。二回戦突破おめでとう宗次郎」
「ありがとう」
「お礼ついでに、この怒りっぽい介添え人に言ってやってくれ。こっちの話を聞かずむやみやたらに怒鳴るなってさ」
相変わらずの小ばかにしたような態度の玄静。たいして阿座上が最大限の自制心を働かせている。
宗次郎はため息をついて阿座上に同情した。
「で? 何しに来た」
「壱覇のことで少しね」
「……もしかして抜け出したのか」
宗次郎よりも阿座上が先に反応する。
壱覇は阿座上の家で預かり、阿座上の奥さんが一緒にいるはずだ。
「今朝、阿座上さんの奥様と思しき女性と喧嘩していたところに偶然出くわしてね。試合を見たがっていたから、僕の控え室で観戦させたのさ」
「俺の試合を?」
「そ。何か思うところがあったみたいだね。説得の成果かな?」
玄静は挑発的な目線を向けると、阿座上は咳払いをした。
「まあ、そういう訳だから。阿座上さんは奥さんを怒らないでやってね」
「待てよ。それだけか?」
「それだけさ。念のために報告したほうがいいと思ってね。なんなら壱覇と話してみるかい? 悪い少年じゃないよ」
じゃね、と手を振りながら玄静は扉の向こうへと消えた。
ここをしっかり記述すると第二章が恐ろしい長さになるので、割愛気味に。
純粋な剣術勝負はまたどこかで書きたいですね。