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雲丹亀玄静 その3

 宗次郎と燈が宿舎に戻ると、玄静がソファの上で屍になっていた。


「はああああああ」


 やる気に満ちた宗次郎とはまさに正反対。軽薄そうな雰囲気は消し飛び、生気が感じられない。明らかに落ち込んでいる。隣に立てかけてある陸震杖も、琥珀の輝きが失われているように見えた。


「一体何があったんだ?」


「戻ってくるなりソファに倒れ込んでしまって……」


 森山によると小一時間ほど、飯も食わずにこうしているらしい。


 やれやれと宗次郎はため息をつき、玄静の体を揺さぶる。


「おら起きろ。寝るなら自分の部屋で寝ろ」


「……」


「どーしたよ。ご自慢の茶髪が萎びたワカメみたいになってんぞ」


「……」


 煽りにも反応しない。


 これは重症だ、と宗次郎は燈に救いを求める。


「出場は確定事項みたいね」


「……」


 玄静はむくりと起き上がり、コクリとうなずく。


「長官と実家に掛け合ったけど、王命だから仕方ないの一点張りだった」


「でしょうね」


 話の流れからすると、玄静は出場を辞退するよう方々に掛け合ったものの、見事に却下されてしまったようだ。


「出場の理由は?」


「君の実力なら優勝も可能だ。何より一対一で戦った方が穂積宗次郎の心象をより正確に把握できるから出場しろって。長官が」


 なんだそりゃ、と宗次郎は内心呆れる。


 戦い方で戦士の性格を推し量るのは理解できる。直接戦うのなら尚更だ。


 が、それを術士と剣士でやらせるのはいかがなものかと思う。第一、宗次郎か玄静のどちらかが他の出場者に敗北する可能性もゼロではないのに。


「実家からはなんて言われたんだ」


「それがさあ」


 死んだ魚のような目で玄静が宗次郎を見つめる。


「君を派手にぶっ倒して、雲丹亀家の名声を上げてこいって」


「……」


 はっきり言って宗次郎は玄静が嫌いだ。軽薄でいい加減で、おまけに他人を見下す癖がある。


 その玄静がいいように振り回されているのは、同情心もあるし、同時にいい気味だとも思える。複雑な気分だ。


「あーあ。なんか、もういいや」


 玄静は森山からもらった水を飲み干し、ソファにもたれ掛かる。


「そういうわけだから、大会ではよろしく。宗次郎」


「おう。意外と立ち直りが早いのな」


 てっきり今日一日、最悪明日も落ち込んだままかと思っていた宗次郎は意外なリアクションをする。


「うん。まだどうにかできる部分が残ってるからね」


「?」


 宗次郎が不思議そうな顔をしていると立ち上がった玄静に肩を掴まれる。


「宗次郎。一つ頼みがある」


「なんだよ」


「もし僕たちが戦うようなことになったら、うまく僕を打ち負かしてくれないか?」


「はあ!?」


「ちょ、耳元でうるさいな」


 宗次郎は素っ頓狂な声をあげ、たまらず玄静が離れる。


「どういう意味だよ?」


「どうもこうもそのまんま。八百長をしようって提案してるんだよ」


 突拍子もない返事に宗次郎は口を開き、燈は顔をしかめ、森山は目をぱちくりとさせている。


「いいかい。よく聞いてくれ。これは全員が得をする話だ」


 そんな三人の様子など御構い無しに玄静が続ける。


「宗次郎はこの大会で優勝する必要がある。天斬剣の持ち主としてふさわしい人格と実力を兼ね備えていると証明するためにね。でも僕は違う」


「俺に勝つように実家から命令が出てるんじゃないのか?」


「名声を上げるのが目的さ。ならいい感じに負けてもいいだろう。だって剣士と術士の戦いだ。直接の戦闘能力はどうあがいたって剣士が上。戦いが終わったら互いの健闘と実力を称えあって肩を組めばいいんだ。そうすればいいアピールになるし、実家への言い訳もたつ」


 今までにない勢いでまくし立てる玄静に宗次郎は呆気にとられる。


 まさに目を背けたい現実から必死に逃げている感じだ。


「本当は大会に出ないのが一番だけど、もうどうしようもないからね。けど対戦相手が目の前にいるのなら結果はどうとでもできる。でしょ?」


「でしょって、お前なあ」


「大丈夫。バレやしないさ。天斬剣と陸震杖の力をそこそこに披露すれば国民も納得してくれる。みんなハッピーだ」


 宗次郎はため息をついて玄静の正面に立つ。


「どうだい? 悪い話じゃないだろう」


「断る」


 宗次郎はキッパリと首を横に振った。


八百長、ダメ、絶対

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