全ての決着 その2
毒が全身に回る苦痛に耐え、燈は顔を上げる。
━━━屈辱、ね。
敵の手中にはまってしまった不甲斐なさで舌を噛み切りたくなる。
それ以上に、敵の作戦がうまくいったと理解してしまう自分に腹がたつ。
最初から、シオンはこの神社で燈を殺すつもりだったのだ。手紙には時間と場所のみを指定し、決闘を匂わせて誘い出す。手紙を出して神社で奇襲を仕掛けた初日の戦いを逆手に取り、燈に必ず来ると思い込ませた上で、さらに機を逃す。そうして肩すかしを食らい腑抜けになったところで息の根を止めに来たのだ。
二段構えの作戦に、燈はハマってしまったのだ。
「見苦しいですよ殿下。最期くらい大人しくしたらいかがですが」
見下ろしてくる練馬に腸が煮えくり返る。
毒のせいで体がだるい。波動の反応も鈍くなっている。気を抜いたら気絶してしまいそうだ。
━━━しっかりしなさい。
自分に喝を入れる。
裏切り者にいいようにされたままでは終われない。絶望的な状況でも諦めることなく思考を巡らせる。
「無駄ですよ。小隊は別荘で、森山さんと門殿、神社にいる巫女たちはこちらの神社で全員拘束させていただいております。お気に入りの宗次郎くんは━━━」
「黙れ!」
自分でも驚くような大声が飛び出す。
宗次郎はうつ伏せになったままピクピク動いている。無防備な状態で練馬に腹を刺されたのだ。早急に治療しないと命に関わる。
「なんだ。元気じゃない。この波動符、やっぱり失敗作だったのね」
シオンがニヤニヤしながら詰め寄ってくる。その背には大きな箱を背負っている。
「その中身は……」
「もちろん。天斬剣よ」
シオンはこれ見よがしに箱をチラつかせながら、燈の前に立ち止まった。
「五日ぶりね、燈。王手を掛けられた気分はどう?」
「そうね。悪くないわ」
これはチャンスだ。目の前に天斬剣があるのなら、二人を倒せば天斬剣を手に入れられる。儀式を成功させられる。
手錠を外せば問題なく戦える。二対一でも関係ない。
今までだって、ずっと一人で戦ってきたのだから。
「相変わらず生意気ね。お兄ちゃん、お願い」
「はあ、全く」
やれやれとため息をついて、練馬は横たわった燈にまたがる。
この二人が兄妹? と驚く暇もなく、
「ぎゃ! あっ……く」
右肩を刀で貫かれ、激痛が走る。燃えるような痛みが広がった。
「いい悲鳴をあげるじゃない。似合ってるわよ」
シオンは楽しそうに笑いながら燈に顔を近づけてくる。
━━━ちょっと、まずい、かも。
右腕が、つまり利き腕が死んでしまった。仮に手錠が外れたとしても、燈は片手で刀を振るう必要が出てくる。
「まだ諦めてないんだ。ある意味尊敬するわ、燈」
「嬉しく……ないわね。卑怯者相手に、褒められても」
血液が体を伝わる不快感で身をよじりながらも、反撃の糸口を探すために時間稼ぎをする。
とにかく必要なものは時間だ。
「卑怯者、ね。手紙の内容はあんたが誤解しただけよ。罠に引っかかったのがそんなに悔しいの? ねえ」
勝ち誇った笑みを浮かべながら頰を撫でられる。
忌々しい。いますぐ手を噛み切ってやりたい。
「私はあなたを、王族を、より屈辱的な方法で殺せればなんでもいいのよ。戦いなんてわざわざするわけないじゃない」
「っ……そうね」
息を荒げながらシオンを睨みつける。
判断を誤ったのは燈の落ち度だ。宗次郎からシオンの情報を得ていたのにこの体たらくなのは。
「あなたの殺意を……甘く見ていたわ」
「……そう」
シオンはぽつりと呟いてシオンは立ち上がり、燈から距離を取る。
「本当に、誰も覚えてないんだ」
その黙然とした姿に燈は違和感を覚える。今のシオンに殺意は微塵も感じられない。
「なら教えてあげるわよ。あたしたちの本名は━━━」
「おい」
「いいの。私の好きにさせてよ!」
諫止する練馬にシオンはわがままで返すと、胸から一つの勾玉を取り出し、燈に見せつけるように掲げた。
「!」
「やっと、思い出したみたいね」
燈はシオンの持つ勾玉を知っていた。儀式を警護するにあたって読み込んだ資料にあった。
その勾玉は、鍵だ。天斬剣の封印を解く鍵と伝えられるそれは、とある一族の家宝だったものだ。
「あたしの、本来の姓は藤宮。藤宮シオン」
涙ながらに告げられた事実が燈の思考を加速させる。
天斬剣を守っていた結界を解除したのは宮司代行の三上結衣だと思っていた。なぜなら結界の解除方法を知っているのは三上結衣だけだからだ。
他にいるとすれば、それは。
記録上、全員死んでいるとされる先代の宮司。藤宮家の人間だけだ。
「っ、そうよ! この神社も! 天斬剣も! 儀式も! 元は私たちのものだったのに!」
本名を明かした途端、堰を切ったようにシオンの感情が溢れ出す。
耐えに耐え抜いた思いが言葉には込められていた。向けられた感情は無防備な燈に容赦なく刺さる、刺さる。
「お前たちのせいで、あたしは全てを失ったんだ!」
魂の叫びは獣の咆哮のように、神社中に響き渡った。