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剣(つるぎ)なしの姫君 その3

 次の日、宗次郎はいつもより早く目を覚ました。


 睡眠時間は少ないはずなのに、体は軽いし眠気もない。快適な目覚めだった。


 食事を終え、一旦部屋に戻る。外出するために着替えながら、シオンの情報を聞き出すシミュレーションを頭の中で何度もこなう。


 やれるという根拠のない自信をつけ、宗次郎は下の階に降りて、洗面台にある鏡の前に立つ。


 いつも通りだ。手錠もちゃんと持っているし、シオンの写真も懐にある。携帯端末の充電はバッチリだ。


「やれることを、全力でやる」


 鏡にいる自分に言い聞かせるように、言葉を出す。


 おとなになったら、きみのつるぎになる。


 宗次郎は幼い頃、銀髪の少女とそう約束した。


 ━━━あの銀髪の少女は、きっと燈だ。


 あの約束を果たすために、燈は誰も剣にしていないのではないか。


 宗次郎はそこまでうぬぼれてはいない。たった一日、それも一時間に満たない邂逅は、燈の記憶にはない可能性だってある。


 まして今の宗次郎は燈の剣にはなれない。波動と記憶を失った宗次郎はただの足手まといだ。


 ならせめて、もう一つの約束くらいは守りたい。


 自分にできることを全力でやる。


 燈の命令に従う。


「よし」


 頬を叩いて気合いを入れる。そのまま部屋を出て、階段を降りた。


「あら、来たのね」


「おはよう」


 玄関にはすでに燈が待機していた。


 綺麗で長い銀髪は頭の後ろでまとめられ、顔立ちがいつもよりスッキリしている。服装は別荘を飛び出した宗次郎を探しに来たときと違い、袖の長い羽織を着ているためゆったりした印象を受ける。帯刀を目立たせないための服装だろう。


「目立ちそうだな。前みたいに頭巾をかぶるのか?」


「冗談でしょう。これをつけるのよ」


 そういって燈はサングラスを掛けた。目元が見えないだけでだいぶ印象が変わって見える。


 ━━━頭巾をかぶって注目を集めるよりかはいい手段なのかな。


 人目をあまり気にしない宗次郎にはわからない苦労である。


「緊張してる?」


「少し」


「素直でよろしい。じゃあ、そろそろ行きましょうか」


「ああ」


 二人揃って別荘を出る。


 他のメンバーは、すでに捜索に当たっているか、まだ待機している。一度に外に出ると、さすがに怪しまれるからだ。


 練馬は燈に代わって別荘の居間で報告をまとめる立場だ。


「じゃ、俺はこれで」


「待ちなさい」


 捜索エリアが別荘近辺である宗次郎は、早々に別れを告げようとしたところ燈に呼び止められた。


「端から別荘に戻るようなルートで探しなさい。ついてきて」


「あ、ああ」


 燈はぐんぐん歩く。宗次郎は置いてけぼりだ。


「な、なあ」


「いいから」


 こうなったら燈は止められない。宗次郎はだんだん燈に慣れてきた。


 ━━━何を考えているかは知らないが、燈は無意味なことはしない。


 宗次郎はこ気味良く左右に揺れるポニーテールを黙って後を追った。


「?」


 何やら前方が騒がしい。いつもと様子が違う。


 二人は首都と東都を結ぶ幹線道路に出た。


「う、わ」


 宗次郎は大通りの光景を見て絶句した。


 人が、多い。多すぎる。溢れかえっていた。


 もともと首都に続く道路だけあって、人通りは多い。この市でも一番多いくらいだ。今日はその倍に等しい数の人影がうごめいている。人混みの濃さに頭がクラクラしそうだ。


「思った通りね。行きましょう」


 人混みをかき分けて進む燈を追いかける。


「さあ、八年振りの大儀式だ! みんな楽しんでくれ」


「お客さん、いい鮎が入ってるよ〜」


「お父さんは前にも来たんだよね」


「朝から温泉はいかがですか〜」


 人。人。人。人だらけだ。午前中だというのに、立ち並ぶ定食屋では店員が大声をあげて客を呼び込んでいる。叫び声が重なってなんといっているか判別がつかない。


 雑貨屋では出ようとする客と入ろうとする客がぶつかっている。


 定食屋は店員さんが何往復も皿を運んでいる。


 人が多すぎて歩くスピードが遅くなり、駐屯している八咫烏たちが誘導を行なっている。


 大混乱だ。


「この辺りね」


 ある程度西へ流れたところで、燈とともに裏路地に入る。このまま進めば、ちょうど宗次郎が捜索するエリアの最西端だ。


「気分はどう」


「……良くはない」


 人気の多さで吐き気がする。テレビで見た都会の映像でたくさんの人が通りを渡る映像を見たが、実際に体験すると何とも言えない不快感がある。


「この人だかりは一体なんなんだ」


「『天斬剣献上の儀』の見物客よ」


「なっ」


 さらり答える燈に、宗次郎は線道路を振り返った。


 これだけの数の人間が、全部。天斬剣献上の儀を見に来るために来ているのか。しかも儀式当日ではないのに。


 目眩がしそうだ。


「驚かなくていいわ。これだけは理解して」


 燈が宗次郎に近づく。顔が近い。サファイアのような瞳がより大きく見える。香水の甘い匂いで思考が止まりそうだ。


「この場にいる多くの人は儀式を楽しみにしているの。私たちがもしシオンから天斬剣を取り戻せなかったらどうなるか。最後まで説明の必要はないわよね」


「!」


 宗次郎の頭が真っ白になる。


 もし失敗したら。儀式は中止になり、楽しみにしていた多くの国民が悲観に暮れる。国が誇る伝説の至宝は行方不明になり、燈はその責任を取らなければならなくなる。


「宗次郎」


「……なんだよ」


 ━━━頼むから不安にさせないでほしい。


 宗次郎はの頭に悪い考えが駆け巡り、足が震えそうになった。


「あなたにできることを、やりなさい」


「……ああ」


 本当に不思議だ。


 燈はただ、命令を下しただけだ。燈の部屋で交わした約束を反復しているに過ぎない。


 なのに、体の中から力が湧き上がる。冷えた体に熱がこもり、軽くなる。


「いい? 万が一、何か手がかりが見つかったら私に直接報告すること。他の誰にも伝えず、まず私よ」


「ああ。誰が裏切っているか分からないからだな」


「そうよ。それから、私からの連絡を決して見逃さないように」


「わかった」


 宗次郎は大きく息を吐き出し、正面にいる燈を見据えた。


「じゃあ、気をつけて」


「ええ、あなたも」


 宗次郎は背を向け、自分の仕事に取り掛かった。


 結果がどうであれ、目の前の業務に全力を出すだけだった。









 

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