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走り出せ

 日が暮れてきた。


 秋らしく、日が落ちれば一気に気温が低下してくる。肌寒い風が頬を撫で、木の葉が紅の音を奏でていた。


「……」


 宗次郎と大地は互いに背中を向けたまま座っていた。


 爺が息を引き取ってから二人でずっとその場に座っていた。妖がまだいる可能性があるため移動した方がよかったのだが、宗次郎には大地を動かす方法が思いつかなかった。


 だから側にいた。およそ時間にして二時間十五分。何も言わず、ただ背中を向けていた。


「爺は」


 ポツリと大地がこぼした声が風に乗って運ばれてきた。


「爺は、盾になると言ったんだ。迫り来る妖から俺たちを守ると」


「……」


「俺は死ぬなと命じた。生きて帰ってこいと。なのにっ……なのに!」


 握り拳が地面に落ちた。


「なんで、みんな、死んでいくんだ。俺を残して……」


「……」


「なんで……なんで、こんなことに」


 戦国の時代とはいえ、各国の緊張は保たれていた。完全な平和とはいかなくても、人が不条理に死に絶えることはなかった。


 王族に生まれた大地なら、余計にそうだろう。自分の国がある、自分を慕う国民がある、美しい国土がある。


 当たり前の日常があった。


「どうして……」


「━━━俺にもわからない」


 日常があったのは、宗次郎だって同じ。


 何もなければ、学院に通うはずだった。一緒の時間を過ごす友達がいて、実力を身につけ、家族と、師匠に胸を張れる波動師になれただろう。


 天修羅が来なければ。自分の波動が暴走しなければ。


 二人とも、今までの日常が続くと思っていた。


「もしかしたら一生わからないかもしれない。それでも━━━俺は、戦う」


 宗次郎は立ち上がって大地を見た。


 小さい背中だ。座っているから余計に丸まって見える。


「俺は妖と戦う。命を賭けて」


「……羨ましいな。俺にはもう、そこまでの覚悟は持てない。守るべき国も、民もない」


「諦めるのか」


 波動刀を握りしめて宗次郎は尋ねる。


「あぁ。だから━━━」


 大地は大きく息を吸った。


「このまま、俺の首を斬ってくれ」


「ふざけんな!」


 宗次郎は大地の襟を掴み、立ち上がらせてこちらを向かせた。


「本気で言ってんのか!」


「当たり前だ! 俺は戦国七国の一つ、尾州の第一王子だぞ! 国を失い、民を守れなかった俺に生き恥を晒せと━━━」


「ああああ!」


 宗次郎にとって初めてだった。


 訳もわからない怒りを拳に乗せて、人を思い切り殴ったのは。


 痛い。


 拳はなんともないのに、なぜか心が痛かった。


「貴様ァ……また俺の顔を!」


「あぁ何度でも殴ってやる! テメェが死ぬのを諦めるまでな!」


「何様だ貴様! 俺が死のうがなんの関係がある!」


「大有りだ! 爺も、剣城も、みんなも! お前を生かすために死んだんだぞ!」


「っ、うるせぇ!」


「ぐっ」


 唾を撒き散らしながら喚くと、大地に殴られた。


「生きていたって、俺には何もできないんだ! 戦うことも、人を守ることも、何も……」


「それは違う!」


 宗次郎は殴り返した。


「何もできないなんて決めつけんなよ!」


「ぐ……」


 立ち上がった大地に睨みつけられる。


「なら言ってみろよ! 俺に何ができるっていうんだ!」


「爺が最期に言い残しただろう。お前はずっと、人のために頑張ってきた!」


「っ」


「やり方は不器用でも! 結果として何も残せなくても! お前が頑張ってきたことくらい、付き合いが短い俺にだってわかる!」


 爺の言葉通り、大地は人のために行動を起こせる人間だ。


 疑いをかけられていた当時は全くわからなかったが、今は違う。


 国を守る、民を守る。そんなプレッシャーの中にいた大地にとって、見ず知らずの宗次郎は脅威に映ったはずだ。だから、スパイと疑いをかけ、キツくあたった。


「妖に襲われても爺は命をかけたのも、一般市民ですら大地のために盾になると言い出したのも、お前の頑張りを知ってるからだろうが!」


「黙れ!!」


 大地の拳が飛ぶ。宗次郎は躱さず受け、膝をついた。


「俺にはもう守るべき民がいないんだ! 俺が頑張る理由はもう残っていないだよ!」


 息を切らして大地が地べたに座り込む。


 しばらくの間、二人揃って肩を上下させていた。互いにどうしようもない怒りを抱えていても、蓄積した疲労のせいで二人は地面に倒れ込んだ。


「俺はお前が嫌いだ」


 木々に見下ろされながら、呼吸を整えた大地が訪ねてくる。


「いきなりなんだよ」


「さっき、戦うと言ったな。命をかけて妖と戦うと。なんでだ? もはや守るものもいない。戦果を上げたところで出世するわけでもないのに」


「……」


「お前は最初からそうだった。この国の人間ではないのに、難民となった我らのために戦った。なぜだ。戦えるからか? ただ戦いたいからか?」


「違う」


 宗次郎は上体を起こして座り込む。


「俺には叶えたい夢があるんだ」


「夢だと?」


「あぁ」


 宗次郎は大地の目を見て、口にした。


「俺の夢は……英雄になることだ」


「英雄?」


「そうだ。俺は妖を、そして天修羅を倒す」


「本気で言っているのか?」


 信じられないものを見るような目で大地が見上げてきた。


「当然だ」


 最初はただの憧れだった。子供の頃に読んでもらった絵本。描かれた英雄のかっこよさに憧れた。


 でも今はそれだけじゃない。


 波動とか、剣術とか。そういった単純な強さだけじゃないものが、今の宗次郎には宿っている。


「俺はもう、大切な人が殺されるのは嫌だ。周りの人間が同じ経験をするのも。そして━━━俺を信じてくれた人を裏切るのも。だから戦う」


「……」


「お前はどうなんだ? ここで全て終わりにするのが、本当にお前のやりたいことか?」


「俺は……」


 言葉に詰まった大地に宗次郎は最後の言葉を投げかける。


「こんな世界で、満足なのかよ」


「そんなわけないだろ!」


 大地も上体を起こす。


「けど、俺はお前みたいに戦えないんだ!」


「わかってる。だから俺がお前の代わりに戦う」


「な、何を」


 宗次郎は波動刀を大地に鞘ごと見せつける。


「俺は剣城さんに託された。お前を頼むと。俺はその信頼に応える」


「……剣城が」


「そうだ。それが剣城さんの最期の言葉だ」


 波動刀を握る拳に力が入る。


「俺を信じろ。だから言えよ。お前はどうしたいんだ」


「俺は……」


 俯く大地の口から言葉がこぼれ落ちる。


「俺は、自分に自信が持てない」


「あぁ」


「国を守るべき王なのに、逆に国に守られていた哀れな男だ」


「……そうだな」


「それでも」


 顔を上げた大地の目と宗次郎の目があった。


「俺は……平和な、平和な世界が欲しい」


 大地の目に光が灯る。


「人が妖に怯えることのない、争いに巻き込まれない世界がいい。誰もが……誰もが笑っていられる国を作りたい!」


「……決まったな」


 宗次郎は自然と笑みをこぼした。


 爺と剣城の最期の言葉。立派な王になると信じている。


 この大陸から争いをなくす国を作れれば、きっと両者に胸を張れる。


「お前はこの大陸から争いのない平和な国を作る。俺はそのために妖を、天修羅を倒す」


「……いいのか? 俺について行くと地獄を見るぞ」


 大地が力無く笑った。


 国土もなく、守る民もなく、国を滅ぼした罪だけが残った大地についていく。普通ならあり得ない選択だろう。


「いいんだよ。どっちにしろこの世は地獄だ」


 宗次郎は立ち上がって服についた泥を落とした。


 宗次郎の知る歴史の通りことが進んだとして、妖を殲滅し、天修羅を倒せたとしても、大勢の人間が死ぬことに変わりはない。しかも宗次郎が来たことで歴史の流れが狂ってしまったとしたら、本当に妖に滅されてしまうかもしれない。


「それに、前にも言っただろう。俺はお前が偉大な王になれるって、この大陸から争いをなくせるって信じている。お前が自分自身を信じていなくても」


「……そうか」


 大地も立ち上がる。


「なら死ぬまで戦ってもらうぞ。俺の夢を叶えるまで」


「そりゃこっちのセリフだ。次また諦めたりしたら活強使って殴るからな」


 宗次郎は自然と微笑を浮かべ、右の拳を突き出した。

「おい、なんだこれは」


「しらねぇのか? 約束を交わすときにこうするんだよ」


 口に出してから宗次郎は気づく。


 拳を突き合わせるこの儀式は初代国王である皇大地と初代王の剣城の信頼関係が元になっている。


 ━━━なんか、こそばゆいな。


 宗次郎が内心モヤモヤしていると、大地が不思議そうに首を傾げる。


「なんで今さらそんなことをする?」


「いいだろ。こう言うのは形も大事だ」


 大地は察してくれたのか、宗次郎に右の拳を向けて合わせた。


「約束をここに。俺は妖を、そして天修羅を倒し、英雄になる」


「約束をここに。俺はこの大陸に争いのない平和な国を作る」


 自分の夢を、やりたいことを言葉にして、拳を下げる。


 たったそれだけのことなのに、頭の中がすっきりして身体が軽くなった気がした。


 ━━━もしかしたら。


 宗次郎は目の前にいる大地を見つめた。


 ━━━こう言うのを、運命っていうのかな。


「おい、何をぼーっとしている。まずはこの森を抜ける、妖が出たら対処は任せるぞ」


「当然だろ」


 宗次郎は波動刀を腰に刺し、不敵に笑った。


「俺はお前の剣だからな」


 二人の少年が森を駆け抜けていく。


 いつ妖に襲われるともしれない状況の中、その足取りは少し軽やかだった。





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