表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
281/282

別れ

 結論から言うと。


 宗次郎は最悪の事態を防げだ。


 だが、それは最悪でないと言うだけ。


「爺っ……爺!」


 大地の悲鳴が耳に飛び込んでくる。


 時間と空間の波動を使い、活強まで使って光より早く駆け抜けた。


 超特急で帰り森に辿り着くと、大地は焦げ付き、木々はところどころに傷があった。


 明らかにこの場での戦闘は終わっている。妖の死体がないところを見るに、森に入られたのだろう。


 そう判断して、宗次郎は森に入った。


 森に入れば妖の行軍速度は低下する。それは宗次郎にとっても同じだった。


 かつてないほど自然を鬱陶しく感じながら宗次郎は叫んだ。


 その声に応える人間はいなかった。


 そう、人間は。


 生い茂った木々の影から次々に妖が襲いかかってきた。


 それらを黄金の光で一刀両断する。


 森の中に妖が潜んでいる。


 もうこれまでかと思われたとき、不意に火柱が上がった。


 明らかに波動術。それも感知が苦手な宗次郎にもはっきりわかるほど、大きな火柱。


 宗次郎はすぐに足を向けた。


 そして、森が開けた。


 目の前の光景に息を呑む。


 膝まで伸びた草が一面に生い茂る平地。


 その間を縫うように転がっているのはいくつかの妖の死体。地面に突き刺さった波動具。赤と白い血が大地を染めていた。


 その向こうに横たわる爺と、それを抱き抱える大地がいた。


「爺、頼む! 目を開けてくれ!」


「……大地」


 声をかけるが大地は気づかない。必死に爺の名を読んでいる。


 爺は目を瞑ったままなんの反応も示さなかった。目立った外傷はなく、胸も小さいながら上下している。


「ガァああああああ!」


「!」


 突如草むらが揺れ、狼型の妖が躍り出る。


 宗次郎は大地を庇うように前に立ち、狼を正面から真っ二つにする。


 肉が地面に落ちる音が耳に飛び込んでくる。頭にかかった白い血がぬめり気を帯びながら頬を伝った。


「お、お前……」


「いいから立て。ここを離れるぞ」


「でも、爺が……」


 子供のような泣き顔を浮かべる大地に宗次郎は一瞬言葉に詰まる。


「わかってる。担ぐぞ」


「う、うん」


 二人で爺を担ぐ。


 平地を抜け、森の中に入る。適当なところで木の根に爺を預けた。


「う、うぅ」


「っ、爺!」


 運ぶ途中で爺の意識が戻ったらしい。まだ朦朧としているが、確かに声を発した。


「下ろすぞ」


「ああ。爺、爺! しっかりしろ!」


「へ、陛下……」


 うっすらと目を開けた爺は大地の顔を見て安堵の表情を浮かべた。


「ご無事、でしたか……」


「そうだ! 俺は生きている!」


「ふふ、老骨に……鞭を打った、甲斐がありましたな」


「爺!」


 まだ意識がはっきりしない爺に大地はなおも呼びかける。


「陛下……」


 爺がゆっくりを顔を上げた。


「私は、ここまでの、ようです」


「バカを言うな! 爺!」


 大地の叫びに宗次郎の胸が詰まる。


 気持ちは痛いほどわかった。つい先ほど、宗次郎も同じ状態だったから。


 親しい人の死に泣き叫ぶことしかできなかった。


「よい、よいのです。私は、最後に……とっておきの、仕事をしたようですから」


 爺と目が合う。


 そして爺は宗次郎が持っていた波動刀を見た。それで全てを悟ったらしい。


 優しく微笑んだ爺を見て、宗次郎も悟った。先ほどの火柱を挙げたのは誰なのか。


 目立った外傷はない。なのにこれだけ疲弊しているのは、波動を使いすぎたからだ。


「おい!」


 大地に胸ぐらをつかまれる。


「剣城たちは!? 残してきた部隊には医療が使える波動師がいたはずだ! みんなは!?」


「もう……俺しかいない」


「なっ!?」


 胸ぐらを掴んでいた手が離れる。


「バカを言うな! 剣城だぞ! 尾州最強の波動師だぞ! そんな簡単に!」


「本当だ!」


 宗次郎は波動刀を見せつける。


「本当、なんだ」


「そ、そんな」


「ふふ、ですが……間に合って、くれて……良かった」


「爺!」


 大地が爺の肩を両手で掴む。


「死ぬな! 死んじゃだめだ!」


「大地」


 宗次郎は大地の方に優しく手を置く。


「お前……」


「聞くんだ。最期の言葉だぞ」


「っ……」


 大地が息を呑む。


「ごめんなさい」


 ポツリと言葉が漏れた。


「俺が、俺が弱いから。俺のせいで━━━」


 言葉と一緒に溢れ出る涙。いつになく弱々しい声に宗次郎の胸まで締め付けられる。


「陛下……顔を、上げなされ」


 浅くなる呼吸に乗せた掠れ声がやけに大きく聞こえる。


「気に、なさらないで。私は……後悔など」


「っ、なぜだ? 俺は弱く、愚かで、逃げてばかりだったのに」


「陛下は……優しい方ですからな」


 ふふ、と爺は微笑んだ。


「陛下は、人のために……心を痛め、そして……行動を、ごほっ」


「爺!」


「その、優しさを……どうか、最後まで━━━立派な王に、なりなされ」


「だめだ、爺、頼む。俺をひとりにしないでくれ!」


「ふふ、何を、おっしゃいますか」


 爺の手が大地の頭の上に置かれる。


「陛下には、素敵な、友達が━━━」


 ぱたり。


 大地の頭に置かれた手が地面に落ちる。


「あっ」


 風が吹いた。舞い上がる紅葉が炎のように噴き上がり、木々のざわめきが大地の悲鳴をかき消した。


「あ、あああっ」


 宗次郎は目を瞑って天を見上げる。


 大地が死ぬ。


 その最悪の事態は防げだ。


 だが、それは最悪でないと言うだけ。


「うあああああああああああああああっ!」


 慟哭が真昼の空に木霊する。


 剣城に続き、爺までも失ってしまった。


 宗次郎の目にも涙が浮かぶ。


 最初あったときから、爺には親切にしてもらった。所属も不明で、謎だらけ。疑われてばかりいた中で、爺だけがただの少年として宗次郎に接してくれていた。


 ━━━ありがとう、ございました。


 言葉にできない感謝の念が溢れる。


 この日。


 戦国時代において最強の攻撃力を持つとされる尾州国は。


 完全に消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ