別れ
結論から言うと。
宗次郎は最悪の事態を防げだ。
だが、それは最悪でないと言うだけ。
「爺っ……爺!」
大地の悲鳴が耳に飛び込んでくる。
時間と空間の波動を使い、活強まで使って光より早く駆け抜けた。
超特急で帰り森に辿り着くと、大地は焦げ付き、木々はところどころに傷があった。
明らかにこの場での戦闘は終わっている。妖の死体がないところを見るに、森に入られたのだろう。
そう判断して、宗次郎は森に入った。
森に入れば妖の行軍速度は低下する。それは宗次郎にとっても同じだった。
かつてないほど自然を鬱陶しく感じながら宗次郎は叫んだ。
その声に応える人間はいなかった。
そう、人間は。
生い茂った木々の影から次々に妖が襲いかかってきた。
それらを黄金の光で一刀両断する。
森の中に妖が潜んでいる。
もうこれまでかと思われたとき、不意に火柱が上がった。
明らかに波動術。それも感知が苦手な宗次郎にもはっきりわかるほど、大きな火柱。
宗次郎はすぐに足を向けた。
そして、森が開けた。
目の前の光景に息を呑む。
膝まで伸びた草が一面に生い茂る平地。
その間を縫うように転がっているのはいくつかの妖の死体。地面に突き刺さった波動具。赤と白い血が大地を染めていた。
その向こうに横たわる爺と、それを抱き抱える大地がいた。
「爺、頼む! 目を開けてくれ!」
「……大地」
声をかけるが大地は気づかない。必死に爺の名を読んでいる。
爺は目を瞑ったままなんの反応も示さなかった。目立った外傷はなく、胸も小さいながら上下している。
「ガァああああああ!」
「!」
突如草むらが揺れ、狼型の妖が躍り出る。
宗次郎は大地を庇うように前に立ち、狼を正面から真っ二つにする。
肉が地面に落ちる音が耳に飛び込んでくる。頭にかかった白い血がぬめり気を帯びながら頬を伝った。
「お、お前……」
「いいから立て。ここを離れるぞ」
「でも、爺が……」
子供のような泣き顔を浮かべる大地に宗次郎は一瞬言葉に詰まる。
「わかってる。担ぐぞ」
「う、うん」
二人で爺を担ぐ。
平地を抜け、森の中に入る。適当なところで木の根に爺を預けた。
「う、うぅ」
「っ、爺!」
運ぶ途中で爺の意識が戻ったらしい。まだ朦朧としているが、確かに声を発した。
「下ろすぞ」
「ああ。爺、爺! しっかりしろ!」
「へ、陛下……」
うっすらと目を開けた爺は大地の顔を見て安堵の表情を浮かべた。
「ご無事、でしたか……」
「そうだ! 俺は生きている!」
「ふふ、老骨に……鞭を打った、甲斐がありましたな」
「爺!」
まだ意識がはっきりしない爺に大地はなおも呼びかける。
「陛下……」
爺がゆっくりを顔を上げた。
「私は、ここまでの、ようです」
「バカを言うな! 爺!」
大地の叫びに宗次郎の胸が詰まる。
気持ちは痛いほどわかった。つい先ほど、宗次郎も同じ状態だったから。
親しい人の死に泣き叫ぶことしかできなかった。
「よい、よいのです。私は、最後に……とっておきの、仕事をしたようですから」
爺と目が合う。
そして爺は宗次郎が持っていた波動刀を見た。それで全てを悟ったらしい。
優しく微笑んだ爺を見て、宗次郎も悟った。先ほどの火柱を挙げたのは誰なのか。
目立った外傷はない。なのにこれだけ疲弊しているのは、波動を使いすぎたからだ。
「おい!」
大地に胸ぐらをつかまれる。
「剣城たちは!? 残してきた部隊には医療が使える波動師がいたはずだ! みんなは!?」
「もう……俺しかいない」
「なっ!?」
胸ぐらを掴んでいた手が離れる。
「バカを言うな! 剣城だぞ! 尾州最強の波動師だぞ! そんな簡単に!」
「本当だ!」
宗次郎は波動刀を見せつける。
「本当、なんだ」
「そ、そんな」
「ふふ、ですが……間に合って、くれて……良かった」
「爺!」
大地が爺の肩を両手で掴む。
「死ぬな! 死んじゃだめだ!」
「大地」
宗次郎は大地の方に優しく手を置く。
「お前……」
「聞くんだ。最期の言葉だぞ」
「っ……」
大地が息を呑む。
「ごめんなさい」
ポツリと言葉が漏れた。
「俺が、俺が弱いから。俺のせいで━━━」
言葉と一緒に溢れ出る涙。いつになく弱々しい声に宗次郎の胸まで締め付けられる。
「陛下……顔を、上げなされ」
浅くなる呼吸に乗せた掠れ声がやけに大きく聞こえる。
「気に、なさらないで。私は……後悔など」
「っ、なぜだ? 俺は弱く、愚かで、逃げてばかりだったのに」
「陛下は……優しい方ですからな」
ふふ、と爺は微笑んだ。
「陛下は、人のために……心を痛め、そして……行動を、ごほっ」
「爺!」
「その、優しさを……どうか、最後まで━━━立派な王に、なりなされ」
「だめだ、爺、頼む。俺をひとりにしないでくれ!」
「ふふ、何を、おっしゃいますか」
爺の手が大地の頭の上に置かれる。
「陛下には、素敵な、友達が━━━」
ぱたり。
大地の頭に置かれた手が地面に落ちる。
「あっ」
風が吹いた。舞い上がる紅葉が炎のように噴き上がり、木々のざわめきが大地の悲鳴をかき消した。
「あ、あああっ」
宗次郎は目を瞑って天を見上げる。
大地が死ぬ。
その最悪の事態は防げだ。
だが、それは最悪でないと言うだけ。
「うあああああああああああああああっ!」
慟哭が真昼の空に木霊する。
剣城に続き、爺までも失ってしまった。
宗次郎の目にも涙が浮かぶ。
最初あったときから、爺には親切にしてもらった。所属も不明で、謎だらけ。疑われてばかりいた中で、爺だけがただの少年として宗次郎に接してくれていた。
━━━ありがとう、ございました。
言葉にできない感謝の念が溢れる。
この日。
戦国時代において最強の攻撃力を持つとされる尾州国は。
完全に消えた。




