覚悟と覚醒
剣城が死んだ。
二つの属性を持ち、尾州の中でも最強と呼ばれ、大地からの信頼も厚かったあの剣城が。
宗次郎を庇って、死んだ。
「……」
その事実を前にして、宗次郎は悲しみに暮れては━━━いなかった。
感情としての悲しみはある。これで、尾州で世話になった緒方、慶次、三木谷、剣城の全員が死んでしまった。その悲しみはある。
だがそれ以上に、宗次郎の頭は回転していた。
『ほぉ、意外だな』
妖の声が耳に届く。
『これが人間という生き物なのか? 我々には理解し難い感覚だが、まあいい』
ザク、ザクと地面を踏み締める音が近づいてくる。
『どちらにせよ、これで終わりだ』
妖が槍を構える。
すぐ目の前に標的がいる以上投げる必要もない。まして宗次郎は座り込んでいる。外すほうが難しい。
だからこそ、宗次郎は波動術を発動させるスキがうまれた。
『!』
妖が息を呑んでいる。
無理もない。
目の前で座り込んでいたか弱い人間が。
もうすぐ死ぬはずの子供が。
目の前から消えたのだから。
『な、なにが……』
妖の言葉が終わるよりも早く、宗次郎は立ち上がった。
『お前は一体━━━』
「……あぁ」
宗次郎は目元を拭う。
「ただのガキだよ。強さだけが全てだと思い込んでいた、な」
自分の呼吸音が耳に届く。
大きく吸って、吐く。鼓膜に心臓の鼓動が響き、視界は鮮やかに大地と空、そして妖を映し出す。
「ふっ━━━」
宗次郎は自身の波動を解放した。
『なっ……』
鳥人型の妖がどよめく。
その量、勢い。そして何より、圧倒的な金色の輝きに目を奪われている。
強さ。そう、強さだ。それが英雄の絶対条件だと思い込んでいた。
だから、師匠の元で必死に己を鍛えた。
だから、強くなくてもいい平和な現代に絶望して夢を諦めた。
━━━やめろ! 戻れなくなるぞ!
頭の中で理性が声を発する。
時間と空間の波動。強力だが、宗次郎はこの時代にやってきてから一度も使わなかった。
理由は師匠から言われた言葉。
「いいか。時間は過去、現在、未来に流れている。お前の力はその流れを強引に捻じ曲げる。いつか取り返しのつかない事態を起こすぞ」
その忠告を守れず、宗次郎はこの時代にやってきた。時間の流れを強引にねじ曲げて、本来いるはずのない時代に居座り続けることになった。
そんな状況下で、時間と空間の波動を使えばどうなるか。山ほどの妖を倒せるだろう。名をあげられるだろう。
それと引き換えに、師匠の言葉通り取り返しのつかないことになるかもしれない。未来に戻れない、戻れたとしても致命的なズレが発生しているかもしれない。
だから属性を使わず、剣術と活強だけで戦った。元奴隷の一兵士が数体の妖を倒す。それだけなら歴史の流れに逆らわずにいられるだろうと考えて。
強くなければ、きっと大丈夫だろうと。
「でも違った。強いだけじゃダメだったんだ」
『強いだけでは駄目だと? ふざけるな、ならその波動はなんなんだ!?』
「それはきっと━━━信じること、らしいぜ」
それは、かつて贈られた言葉。
剣城の最後の一言が思い出させてくれた、ずっと忘れていた大切なこと。
「宗次郎、強いだけではダメなのです」
自分に夢をくれた母はこう言ってくれた。
「主を信じる。それができなくては、英雄にはなれないのですよ」
本当に難しいのは信じること。
それができなくして、英雄にはなれない。
『信じる、だと? 何を馬鹿な━━━』
「そうだな。俺もそうだった」
宗次郎は自重気味に笑った。
まだ信じるという行為がよくかっていなくても、自分が何かを信じていなかったことだけはわかる。
大地のことも。大地を信じていた剣城のことも。扱いきれない自分の能力も。
自分自身の夢すらも。
「でも━━━」
宗次郎は背後を振り返る。
「剣城さんはそんな俺を信じると言った」
それが剣城の最期の言葉だった。
お前は英雄になれると。
「だから、俺はその言葉に応える」
宗次郎は腰を落とし、剣城から受け継いだ波動刀を構える。
『殺せ!』
鳥人型の妖が命令を下し、合わせて妖がわらわらと迫ってくる。
手に握る柄から波動を込める。
自分が使っていた波動刀より大きく、重い。それはきっと、単純な質量の差ではない。
━━━はは……。
身体が震える。
大地を弾ませるように足音を鳴らして迫ってくる、自分より何倍も体が大きい妖。
怖い。
自分が死ぬのも。
自分のせいで、未来が変わるのも。
「出来事を変えようとするんじゃなく、今をもっと良くしようとするんだ。常に、意識を今に向けるんだ。いずれ過去になる今をよくしようとすれば、未来は自ずと良くなる」
「━━━っ!」
師匠の言葉を思い出し、体がすくむ。
ここで時間と空間の波動を使えば。
そして、剣城の信頼に報いようとすれば。
もう先の未来は読めなくなる。
宗次郎がいた未来は、おそらく消える。
━━━みんな。
自分に期待してくれていた両親、自分を慕ってくれた妹、自分を鍛えてくれた師匠が脳裏によぎる。
━━━それでも、俺にとっては、今が今なんだ!
目の前数メートルまで妖が迫る。
宗次郎は限界まで溜めた波動を解放。同時に波動刀を引き抜く。
「空刀の壱 空断ち!」




