最期に
「ぁっ……」
言葉が出なかった。
目の前で何が起こっているのかが理解できない。
「ぐふっ」
口から血を吐いて剣城さんが膝をつき、仰向けに倒れた。。
剣城が自分を庇って重傷を負った。
でもそれは絶対に起こり得ないことのはずだ。
「な、なんで」
身体の痛みを忘れて宗次郎は四つん這いになり、剣城に駆け寄った。
「なんで、俺なんかを……」
「ふふ、手厳しい……な」
口から血を吐きながら笑う剣城に宗次郎は叫ぶ。
「そりゃそうでしょ! あなたは英雄だ! 英雄になるんだ! こんなところで死んでいい人間じゃない!」
剣城は文字通り、いずれ王の剣となる男のはずだ。大地を支え、やがては天修羅を倒す英雄となる男だ。『王国記』に
名を連ね、最強の波動師と謳われ、今後全ての波動師の目標となる人間だ。
「なんで、俺なんかをっ……」
宗次郎はハッとした。
━━━もしかして、俺のせいか?
「いいか。時間は過去、現在、未来に流れている。お前の力はその流れを強引に捻じ曲げる。いつか取り返しのつかない事態を起こすぞ」
何度もよぎった師匠の言葉が脳内に反響する。
宗次郎は師匠の言葉を守るため、なるべく目立たないよう行動した。波動の属性が知られないよう、自分の本名が知られないよう。注意深く行動していた。
けれど、もし。
宗次郎がこの時代に来ただけで、時間の流れが変わったのだとしたら。
そのせいで、剣城も死んで、大地まで妖に殺されるとしたら。
「う、あ、あああっ」
大粒の涙が両目からこぼれ落ちる。
取り返しのつかないことをしてしまった。
自分が安易に実験に乗らなければ。師匠の言葉の意味をちゃんと理解していれば。
剣城も、緒方も、慶次も、三木谷も死なずに。
こんなことにならなかったのかもしれないのに。
「馬鹿者」
頭をぱかんと殴られ、思わず顔を上げる。
「男が……簡単に泣くな」
「でもっ」
「それでも、だ」
頭に優しく手を置いて、剣城は笑った。
意味がわからない。自分が死ぬというのになんで笑えるのか。
宗次郎の頭は混乱するばかりだ。
「最後に……」
「え……」
「生きろ。そして、王を、守れ。お前が……陛下の、剣となるのだ」
「そんな━━━」
できるわけがない。そう言いかけた。
剣城を負かすような相手に勝つ? そのまま王を助ける?
無理だ。
「!」
剣城の目が虚になってきた。息も浅くなっている。
「剣城さん、しっかり」
「手を……」
片方の手で剣城が差し出したのは、剣城が使っていた波動刀だった。
震えるてでそれを掴む。
そこから一気に剣城の波動が流れ込んできた。属性に変化していない、純粋な精神エネルギーと生命エネルギーが疲労した宗次郎の体に染み渡っていく。
剣城と目があった。
さっきまで虚だった目に正気が戻っている。
「信じて……いるぞ」
「え……?」
「お前は、英雄になれる」
宗次郎がハッとした瞬間、両手に波動刀の重さを明確に感じた。
「あっ」
剣城の目が虚空を向いている。上下していた肺が完全に止まった。
死んでしまった。




