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何を、どうすれば その3

「角根砦が陥落した」


 咄嗟に出てきた一言に宗次郎は絶句した。


 天然の崖と人工の砦の二重防壁。あの援護射撃を見る限り、信斐の波動師も相当な実力をもっtいるはずだ。


 その角根砦が陥落した?


 何かの冗談としか思えなかった。


「それは、真か?」


 宗次郎の心境を代弁した慶次の声は震えている。


「あっ」


 対して信斐の波動師は慌てて口を塞いでいた。まるで言ってはいけないことを言ってしまったように。


「うおっ」


 ドン、と腹に響く爆発音がする。


 音のした方を見れば、角根砦の煙がさらに大きくなっていた。


「で、ではこれにて失礼する!」


「待て! 貴公はどこへ行かれる!?」


 信斐の波動師がすぐに馬を走らせようとして、慶次がその前に立ち塞がる。


「伍浄砦だ! 今すぐ首都の防衛を固める!」


「バカを言うな! それでは我々はどうなる?」


 伍浄砦は首都を守る砦。角根砦が陥落した今、信斐を守る砦はそれしかない。


 だが、尾州の難民たちは伍浄砦の外にいる。


「知ったことか! 我々には難民を構う余裕はない!」


 はぁっと力強い声をあげて、信斐の波動師は馬に鞭を打った。


「行かせるか!」


 ブチギレた慶次の身体が青い波動に包まれる。


「水刀の壱 水流刃!」


 波動刀を横一線。三日月状の水刃が飛ぶ。


 当たる。宗次郎の核心はあっさり裏切られた。


「甘い!」


 信斐の波動師が茶色い波動を地面に向ける。すると地面がせり上がり斜面となった。


 華麗に斜面を飛び越える馬。慶次の放った斬撃は迫り上がった斜面のてっぺんを切り裂いただけだった。


「くそ!」


 みるみる射程外へ逃げていく波動師と馬に対して、慶次は歯噛みした。


 他方、宗次郎はただ呆然と馬を見送っていた。


 この馬が砦につけば、砦はその門を固く閉ざすだろう。妖はもちろん、尾州の難民すら通さない。


 仮に尾州の全軍事力を投入したとして、角根砦を陥落させるほどの妖を倒し切れるのか。砦のような防衛手段のない、ただの荒野で戦ったとして。


 仮に勝っても、市民に甚大な被害が━━━


「あっ」


 背後でした爆音に振り向けば、さらに絶望的な光景が待っていた。


 地平線の彼方を白い何かが蠢いている。ゆっくりと、だが確実に広がりつつこちらに向かっている。


「少年!」


 何もせずただ突っ立っていると、慶次の大声が響いた。


「しっかりしろ!」


 目の間に立たれ、両肩を揺さぶられる。おかげでようやく正気に戻れた。


「は、はい。でも、どうすれば」


 どうすれば、と聞いたところでどうしようもないと宗次郎にも分かっていた。


「……」 


 慶次は唇をかみ、やがて天井を向いて息を吸った。


「お前は逃げろ」


「……え?」


「殿下たちにお伝えするのだ。角根砦が陥落したと。妖の軍団が迫っているから、早急に準備を整えて逃げるようにとな」


「け、慶次さんは……」


「俺は妖を足止めする」


「そんな、無茶です!」


 背を向けて歩き出す慶次を宗次郎は回り込んで止める。


「あの数相手に一人でなんて無茶です! なら俺だって」


「馬鹿野郎! お前まで死んだら誰がこの事実を伝える!」


 慶次の怒鳴り声にまた我に返る宗次郎。


「でもっ……でもっ」


「お前はまだ若い。まだその命を取っておけ。生きて、我が王と民を守るんだ」


「そ、んな」


 身体が震える。自然と涙が出てきた。


 また死んでしまうのか。こんなにもあっさりと、宗次郎より強い波動師の命が散ってしまうのか。


「気にするな。本当なら、緒方さんが死んだあの戦いで俺たちは死んでいた。ここで借りを返させてくれ。じゃあな」


 そう言って宗次郎の方に手を置いた慶次は、笑っていた。


「さっさと行け」


「……はい」


 宗次郎は俯いて目元を拭った。


「今まで……お世話になりました」


 宗次郎は顔を上げて波動を練り上げる。脚力を強化し、全てを置き去りにするように宗次郎は走り出した。


 



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