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何を、どうすれば その2

 宗次郎は早朝の見回りに備え、早めに鍛錬を終え、早めの夕食をとり、早めに床に着いた。意識しすぎていたせいか、周りに浮き足立っていると指摘されてしまったくらいだった。


 起床は四時半。宗次郎にとってはだいぶ早い時間帯だ。早めに寝たおかげで眠気はそれほどでもないが、冬が近いせいでかなり寒気を感じる。周囲の波動師はまだ寝ているので、起こさないよう物音を立てないように支度を整える。


「おはよっす」


「おはようございます」


 テントを抜けると、同じく早朝の見回りに向かう波動師と挨拶を交わす。


 互いにあくびをしたり小さくくしゃみをしながら集合場所へと赴く。


 空はどんよりとした曇り空だった。もしかしたら雨が降るかもしれない。そろそろ冬だから降らないでほしいと宗次郎は内心で祈った。


「おはよう、少年」


「おはようおございます」


 集合場所にいたのは慶次と他数名の波動師だった。全員集中していて、眠気を微塵も感じさせない。


「よし、揃ったな」


 全員が集合したところで刑事が立ち上がった。


 早朝の見回りということで、メンバーを二人一組に分けて行うらしい。組み分けを掲示が発表していく。


「少年は俺と組め」


「わかりました」


「では、二時間後に集合だ。解散」


 各々が仕事に赴く。宗次郎も気合を入れた。


「よし、いくぞ」


「はい」


 宗次郎たちの見回り担当は外苑だった。外的が来ないかを確認する大事な役目である。


 とはいえ、ここは同盟国の領土内であり、かつ角根砦の内部だ。外からの襲撃は考えにくい。


 ━━━平和だなぁ。


 松明を掲げながら、宗次郎は不謹慎とも言える感慨を抱く。


 何もない、薄く暗い平野を歩くとふとそう思ってしまった。


「おい、気を引き締めろ」


「すみません」


 前を歩く慶次に注意される。


 ━━━何でわかるんだよ……。


 背後にいる宗次郎の顔も見えないはずなのに、慶次はお見通しだったようだ。


「少年。どうかしたか? 今日はうわついているように見えるぞ」


「……」


 振り向いた慶次から宗次郎は咄嗟に目を逸らした。


 隠し通せそうもない。かといって真実を告げるわけにもいかない。


 宗次郎は言葉を選んで、口を開いた。


「実は、人間関係で悩んでて」


「……もしかして、まだお前を疑う奴がいるのか?」


 宗次郎は当初スパイの疑いをかけられていた。そのせいで最初は周りの波動師から疑われ、厳しい視線を向けられることが多かった。


「いや、違うんです。揉め事ではないです」


 角根砦の戦い以降はほぼ疑いは晴れた。同じ波動師に疑われたりはしない。


「では、なんだ?」


「……友達ってなんだと思います?」


 茹った頭がなんとか弾き出した言葉は、実に曖昧模糊としていた。


 大地と友達になってほしい。なんて剣城から頼まれたと言ったらどんな顔をするのか。


 見てみたい気もするが、それはそれとして、今日会う大地について考えると少し憂鬱なのだ。


「そうか、友達ができたのか……」


 慈しむような表情を浮かべる慶次にそうじゃないんだよなぁと口を開きたくなる宗次郎。


 まだ友達になっていないのだ。


「難しく考える必要はない。一緒に遊んでいて楽しければ友達だ。お前はまだ子供なのだから、遊びに出かけてもいいんだぞ」


「いや、そういうんじゃなくて……」


 説明が難しい。宗次郎は頭を抱えて叫びたくなる。


「そいつは、俺とは何もかも違うんですよ」


 宗次郎が俯くと、ようやく慶次は静かにしてくれた。


「考え方も、今まで見てきたものも、身分も違うんですよ。そんな俺が友達になんてなれるわけがない」


 慶次の言う通り、一緒に遊んで楽しければそれは確かに友達だろう。だが大地とはそんな関係性で終わらせたくなかった。


 大地の話を聞いた以上、宗次郎も力になりたい。その気持ちは本当だ。けれど、仲良くはなれない気がしている。


 軽々しく、知ったような口をきけない。


「そうか……」


 慶次も宗次郎の深刻さがわかったのか、口をつぐんでしまった。


「俺が何か言えるものではないが……」


 周囲を警戒したまま慶次が口を開く。


「お前はここにきて日が浅い。そのせいか、焦っているように感じる」


「……それは」


「世の中には時間が解決してくれることもある。人間関係は特にな」


「そう言うものですか」


 時間、というワードに反応しつつ宗次郎は答える。


「そうだ。それに、大丈夫だと思うぞ。友達になれるかと悩むのは、仲良くしたいからだろう?」


 慶次は振り返って優しく微笑んだ。


「そうですね……ありがとうございます」


 焦らなくていい。その指摘の通りかもしれない。


 宗次郎は心が少し軽くなった気がした。


 剣城の発言を受けて、仲良くしなければいけないという強迫観念にも似た何かに囚われていたのかもしれない。


「気にするな。それに、友達なんて関係で満足するなよ」


「へ?」


「女性と仲良くなりたいと思うのは自然だ。その手の手練手管は三木谷が詳しい。気になったら聞いてみるといい」


「……」


 身分違い。女性。


 それでピンときた。


 慶次は盛大な勘違いをしている。宗次郎が仲良くしたい相手を、おそらく奴隷の少女だと思っているのだろう。


 がっくしきたが、宗次郎はなんとか持ち堪える。


「ふふふ、そうかそうか」


 慶次はどこか嬉しそうだ。女性と仲良くするのがそんなに喜ばしいことなのか、宗次郎にはいまいちわからない。


「お前にも大切な人ができたんだな」


「……それが何か?」


「恥ずかしがるな。戦う理由ができたのは良いことだろう?」


 宗次郎がなおも首を傾げていると、慶次は小さくため息をついた。


「別に責めるつもりはないが、お前、角根砦の戦いは本気ではなかっただろう?」


「!?」


「そう驚いた顔をするな。責めるつもりはないと言っただろう。確かに必死で戦っていたのは認める。が、それは死にたく

ないからだ。違うか?」


 慶次の指摘は間違っていない。宗次郎は思わず目を逸らす。


「死にたくない。それ自体を悪いとは言わないが、戦う動機としては歓迎しないな。生き残るためならなんでもするやつに背中を預けられないだろう?」


 ま、緒方さんは戦ってくれるならなんでもいいと考えるだろうが。と慶次は続ける。


 ごもっともすぎて宗次郎は頷くしかない。

「だから、この国で大切な人ができたのは喜ばしいことだ。三木谷のように女を取っ替え引っ替えするのはどうかと思うがな」


「はは」


「そう言うわけだ。お前もこの国で何をしたいのか。しっかり考えておけよ」


 再び前を向いて歩き出した慶次に宗次郎は黙ってついていく。


 ━━━どうしたいのか、か。


 宗次郎は内心でため息をつく。


 英雄になりたい。子供の頃に抱いた夢があった。


 でも、それは薄々諦めていた。


 師匠と各地を旅をして、現実を知った。平和な時代に英雄はいらないのだと。必要がないと。


 今はそれより大事な目標がある。


 そう、元の時代に戻る。


 それが宗次郎の目標だ。


 ━━━英雄になる目標は二の次だ。


 そう自分に言い聞かせていると足元の感覚が急に変わる。


 どうやら芝から砂利に変わったらしい。


「あ」


 平野に走る一本の道。宗次郎はこの光景に見覚えがあった。


「これ、角根砦に続く道ですよね」


「そうだ」


 やっぱり、と思いながら宗次郎は視線の先を角根砦に向ける。夜中に通ったので景色の感覚がだいぶ違う。


 が、時間帯とは関係のない決定的な変化が視線の先にあった。


「なんか、煙上がってません?」


「何?」


 おそらく角根砦がある辺りだろう。黒い煙がモクモクと上がっている。


「小競り合いでもあったんじゃないか。少なくとも我々には出動命令が来ていない」


「そうですか……」


 なら問題ないか、そう思って振り返ろうとしたとき、さらなる異物が宗次郎の視界に飛び込む。


 人を乗せた馬が駆けてくる。角根砦に続く道を逆走している。


「はぁっ、はぁっ」


 騎乗している人間の荒い息遣いが蹄の音より大きく聞こえる。額に汗を浮かべた男が宗次郎たちの前に停止した。


「尾州の波動師とお見受けする!」


「いかにも。尾州軍の田原慶次だ。何かあったのか?」


 馬上にいる信斐の波動師は焦った様子で口を開いた。


「角根砦が陥落した」




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