何を、どうすれば その1
宗次郎がテントで大地の内面に触れた次の日。いつも通りの日常が戻っていた。
尾州の波動師たちと訓練の日々。その厳しさは、減ったはずの人員を意識の外に追いやってしまった。
もっとも、剣術を教えていた緒方がいなくなったのは大きい。
緒方の代わりは慶次が務めている。むろん強いのだが、剣術の性質はまるで違う。炎の波動が持つ特性そのままに苛烈な緒方と違い、水の波動が示す通り流麗な剣術を得意とする。
実力が違うのでどのみち勝てないのだが、死の恐怖にすくむことはなくなった。
が、
「甘い!」
「ぐえっ」
訓練場で刀を弾き飛ばされた挙句、足払いを食らった宗次郎は背中から倒れこんだ。
「動きの一つ一つが甘い! もっと精度を上げろ! 粗末にするな!」
「……」
慶次に比べれば、自分がいかに無駄な動きが多く、かつ基本が雑なのかを思い知らされる。
自ずと自身の弱点も見えてくるので、自己鍛錬にも活かせるのは本当にありがたい。
「ありがとうございました!」
「よし、次!」
宗次郎の退場に合わせて別の波動師がやってくる。
宗次郎は頭を下げて訓練場を後にした。
━━━波動の加護や反射神経にばかり頼っちゃダメだな。
慶次の動きが文字通り流水の如く流れていくのは先の動きをきちんと考えているからだ。
実戦経験の少なさもあるが、宗次郎はまだ出たとこ勝負なところがある。もっと頭を使わなければ。
「まずは足運びだな。それと、相手の動きをもっと細かく分析しないと
「おーい、少年」
考えをまとめいると声をかけられた。三木谷だ。
「お疲れ様です!」
「おう、お疲れ。と言っちゃなんなんだが、一つ頼み事をしてもいいか?」
言いづらそうに目を逸らす三木谷。悪意は感じない。
「仕事ですか?」
「そう、見回りだ」
尾州の波動師は自分の鍛錬と戦闘以外にも、国民の警備をする仕事がある。難民生活を送っている国民の心は荒んでいる。盗みや暴力沙汰がそこかしこで起こるため、警察の役割を果たす必要があった。
加えて角根砦防衛戦で得た報酬が少なかったため、全体の空気がピリピリしている。
「わかりました。今すぐですか?」
「いや、早朝の見回りだ」
「え、いいんですか?」
戦いを終えてから宗次郎もようやく尾州の一員として認められたようで、見回りの仕事も任されるようになった。
だが、深夜や早朝の見回りはするなと命令されていた。まだ子供で体力がないから、というのが理由である。宗次郎としてもじっくり休みたいのでありがたくはあった。
「許可はもらっている。ほら」
三木谷が宗次郎の背後を顎で刺す。
振り返ると、剣城が大股でこちらへやってきていた。
「私が許可をした。特別にな。今日一日だけだが、やってくれるか」
「はい、大丈夫です」
剣城が許可してくれたのならば宗次郎が首を横に振る理由はない。
「あとでこいつに何か奢ってもらえ。時間調整をミスった責任を取らせろ」
「ちゃんとやりますって。じゃあ少年、頼むな」
「はい、任せてください!」
宗次郎が元気よく返事をすると、三木谷はそそくさとどこかへ行ってしまった。
宗次郎に負い目がある、というよりは剣城が苦手なのだろうか。
なんとなく、そんな感じがした。
「では、自分もこれで」
「待て。少し話がある」
宗次郎も訓練に戻ろうと背を向けたが、呼び止められてしまった。
「なんでしょう?」
「……」
宗次郎が振り返ると、剣城は辺りを見回して人のいないことを確認してから、
「例の件についてだ」
と口を開いた。
「すみません、なんの件です?」
「我が王と親しくしてほしいというやつだ」
剣城が顔をコチラに近づけ、ぼそっと耳打ちする。
だからさっき人気を確認したのか、と宗次郎は納得しながら後頭部を掻く。
「考え直してはもらえないか?」
「……すみませんけど」
宗次郎は目を伏せた。
宗次郎は爺から大地の友になってほしいと頼まれた。言いなりになる家来ではなく、導くための師でもなく、共に成長する友になってほしいと。
本に出てくる初代国王と友達になれるなど夢のような話である。だが、憧れているからこそ躊躇してしまう。
まして大地の過去を知ってしまっては気持ちで友達になれるなんて言えなかった。
戦争もない時代でのんびり稽古に明け暮れていた宗次郎と、国を滅ぼされて地獄を見てきた大地。どうやって仲良くなればいいのか見当もつかなかった。
「実はな……」
渋る宗次郎に剣城はさらに顔を近づけた。
「あの一件以来、我が王の体調が良くない。最低限の政務しかこなしていない状況だ。一眼だけでも会ってくれないか?」
「……明日でよければ」
正直、明日だろうが会いたくはない。より正確に言えば、どんな顔をして会えばいいのかわからない。
「わかった。では、明日の昼に頼むぞ」
「はい。失礼します」
宗次郎は三木谷に負けない勢いで剣城の元を離れた。




