真実と真意と その5
座り込んだまま動かない大地に、宗次郎はごくりとつばを飲み込んだ。
「お、おい……大丈夫か?」
「……大丈夫に見えるか」
座り込んだまま動かない大地に、宗次郎はごくりとつばを飲み込んだ。
「お、おい……大丈夫か?」
「……大丈夫に見えるか」
大地からは乾いた笑いが漏れていた。
どうやら怒りを通り越して別の感情に行きついたらしい。悲しみか,諦めか判別がつかない。とにかく覇気がなかった。
「どうした。笑えよ。無様な俺を笑いに来たのだろう」
「……違ぇし、笑わねぇよ」
宗次郎は上体を起こし。椅子が激突した額をさすった。
いつもイラついているのもどうかと思うが、急にしおらしくなるとそれはそれでやりづらかった。
「なぜだ。お前の言う通り、俺は王にふさわしくない。あいつらの言い合いにならざるを得ない、情けない人間だ」
「言いなりにならなきゃいいだろ。あいつらの言うことなんて無視すれば」
「出来るものか。そんなこと」
「同盟国だからか?」
「はっ、同盟国だと? 笑わせるな。奴らは同盟国などではない!」
吐き捨てる大地に宗次郎は疑問を浮かべる。
剣城の話では同盟を結んでいるという話だったはずだ。
「どういうことなんだ?」
「……貴様、本当に何も知らないんだな」
心底あきれる大地はため息をついてうなだれる。
宗次郎は視線を感じ、顔を上げる。部屋にいた剣城の視線とぶつかった。
何も言わずにコクリとうなずいて天幕からで行く剣城。がんばれ、と言われている気がした。
「なら教えてやる。信斐と同盟を結んだのは父だ。内容は単純。互いに攻め込まない不可侵の条約、そして他国から攻め込まれた場合の救援、その二つだ」
同盟の内容としては至極当たり前と言えるような内容だ。
言わんとしていることがわからず宗次郎が首を傾げていると、大地は再びため息をついた。
「だが、信斐の奴らは救援にこなかった。我が国が国境を侵されたときも、首都を制圧されたときも……父上が殺されたときも! あいつらは! 軍備に時間がかかったとか疫病が流行ったとか言い訳をして!」
大地は悔しさを滲ませ、何度も何度も地面に拳を叩きつける。土に指の形がくっきりと現れ、そばには水滴の跡が徐々に増えていく。
「我々を裏切っておきながら、俺は……あいつらの言いなりになるしかないんだ!」
宗次郎は思わず唇を噛んだ。
目の前にいる、自分と同じ年頃の少年。
宗次郎は軟弱だと吐き捨てた。刀を握ったこともないくせに波動師を侮辱した愚か者だと。
それは大きな誤りだった。
大地は自分よりずっと大きなものと戦っていた。
宗次郎にできるだろうか。
自分の無力さとひたすらに向き合うことが。
「やめられないのか」
「できるものか。国民を人質にされているんだぞ!」
顔を上げた大地に面食らうが、宗次郎は臆さず続ける。
「どういう意味だ」
「お前たちが戦った角根砦は最前線に位置する。なのに、ここから十数キロと離れていないんだ」
「……まさか」
「そのまさかだ。もし角根砦が突破されればわが国民は蹂躙される。今度こそな」
「移動できないのか? もっと離れるとか」
「……無理だ。この先には首都を守る伍浄砦がある。その砦を難民である我ら尾州の民が通ることはできない。だから━━━」
大地はここで大きくため息をついた。
「俺たちはいいなりになるしかないんだ。屈辱を味わおうが、仲間を何人失おうが、角根砦が破られれば俺たちは終わりなんだ」
「……そんな」
「情けないだろう。惨めだろう。哀れだろう。だが、こうするしかないのが俺たちの現状だ」
「……」
「今にして思えば、お前が敵国のスパイであるはずがなかったな」
宗次郎が唇を噛むと、大地は急に話題を変えた。
「こんな先のない国にスパイなんか来るわけないんだ」
あまりの自虐に、疑いが晴れた嬉しさなどどこかへ吹き飛んでしまった。
宗次郎は沈黙せざるを得なかった。
妖との想像を絶する戦いの中で、大地は同盟国に裏切られ、父を、民を、国を失った。それでも裏切られた同盟国に身を寄せる以外なかったのだろう。
そんな尾州を内田たち信斐が受け入れたのは、同盟があったからでも、まして優しさがあったからでもない。
妖と戦う都合の良い戦力としてアゴで使うためだ。
角根砦を破られれば大地たち尾州は滅びる。生き残った国民全員を守る人員も設備もない。だから必死で戦うしかない。報酬を減らされようが、文句も言えないのだ。
━━━そうか、だからか。
緒方が角根砦の戦いで援護射撃があると説明したとき、周りの波動師が落ち込んでいた理由。
また使い潰されるとわかっていたんだ。
よく考えればおかしな話だった。砦の防衛線をするのに、砦の中ではなく外で戦わされた。同盟国の援護も一度きりで、肩を並べて戦うこともない。
文字通り、良いように使われているだけ。
時代は戦国。弱肉強食の理が全ての時代。力のないものは滅び去るしかなとはいえ、この仕打ちはあんまりだろう。
宗次郎はこぶしを握り締めた。内田の傲慢な態度に今更ながら腹が立ってくる。今すぐに飛び出してその背中を斬りつけたくなるほどに。
「もう好きにしろ。どうでもいい。何も信じられない……」
「おい……」
「一人にしてくれ……頼む」
魂の抜けた大地に頼むとまで言われたら、宗次郎も従うしかない。
時間をかけて立ち上がる。その間にどう声をかけたものかと頭を回転させたが気の利いた言葉が出なかった。
「……悪かった」
何とか口からでて言葉は謝罪だった。
「昨日、殴ったのはやり過ぎだった……悪かった」
「……」
何も言わない大地に背を向けて宗次郎はテントを出る。
「ふぅー」
肺にたまっていた空気を吐き出し、空を見上げる。
━━━俺は……。
視野の狭さが嫌になる。何もわかっていなかったのは自分のほうだった。
「少年」
外で待機していた剣城がやってきた。
「陛下の様子はどうだ」
「一人にしてほしいと」
「……そうか」
「すみません。俺、やっぱりあいつの友達にはなれそうもないです」
身分が違う。ものの考え方が違う。何より、背負っている立場に天地ほどの差がある。
「すみません」
「わかった……明日より稽古に戻れ。今日は休むように」
再度頭を下げて、宗次郎はその場をあとにした。




