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真実と真意と その4

 

「おほん、さて」


 六人全員が着席すると、内田と呼ばれた信斐のトップが咳払いした。


 張り付いた笑顔がどことなく嘘くさく感じられて、宗次郎はつい身構える。


「まずは大地陛下。角根峠での助力、ご苦労であったな」


「苦労というほどではない。角根砦は重要な拠点。落とされれば我が国にも重大な損害となる」


「はっはっは、左様ですか」


 豪快に笑った内田。手まで叩いている。それほどおかしなことを言ったわけではないのに。


「しかし、まさか緒方殿が戦死されるとは。尾州でも随一の実力を誇った波動師が失われてしまったのは痛いですな」


「心配には及ばぬ。緒方は確かに精鋭であったが、緒方がいなくなったからといって我が軍が機能しなくなるわけではない」


「その発言、信じてよろしいので?」


 大賀と呼ばれた副官がかけていたメガネをクイっと上げる。


「今回の戦いで波動師を半数以上失ったとの報告を受けていますが」


「心配ないと言ったはずだが? それとも大賀殿は我が軍の力を疑っておいでか」


「いえ、そのようなことは」


「実に頼もしいですな。はっはっは」


 またしても内田は豪快に笑う。


 ━━━なんか、おかしくないか?


 緒方の死をなんでもないように片付けた大地に対する怒りより、疑問が浮かび上がった。


 今までの話を総合すると、角根砦の防衛を信斐から依頼されていたのだろう。その勤めを果たした尾州軍を労いに来たのかと思った。


 が、内田は先ほどから一言も礼を言わない。大賀に至っては尾州軍をあからさまに値踏みしている姿勢だ。


「内田殿、一つ尋ねたい。よろしいか?」


「無論。何ですかな、大地陛下」


「此度の戦、共同戦線を張ると伺っていた。しかし報告によれば、その方は後方からの援護射撃にとどめたそうで。その理由をお聞かせ願いたい」


 明らかに苛立っている大地に冷や汗をかきつつ、宗次郎は感じていた疑問が解けた。


 緒方が信斐の術士による援護射撃について説明した際、参加していた波動師たちの顔が曇っていた。あのときはなぜ援護してくれるのに浮かない顔をしているのか不思議だった。


 彼らは援護射撃しかしないことに落ち込んでいたのだ。信斐が同盟国であるのなら共に戦ってくれるのではと期待し、裏切られたのだ。


「おや、不思議なこともあるものですな。援護射撃のみで十分と緒方殿が申していたのですが」 


 苛立つ大地に対して、内田はニヤニヤと笑っている。


 嘘か真実か、宗次郎には判別がつかない。緒方ならそう言っても不思議はないが、内田の発言には


「大言壮語を吐いておきながら結局死んでいるではないか」


 とバカにする意図が含まれている。


 もうこれ以上内田の会話を聞きたくない。宗次郎の願いが通じたのか、大地が話を切り上げようとした。


「では、約定通りの金と食料をいただこう」


「……そのことなのですが、陛下」


 内田が初めて笑みを消し、視線をそらした。


「申し訳ないが、お約束した報酬を三割減らさせていただく」


「何?」


 あからさまに怒りをにじませる大地。宗次郎に見せるようにあからさまな態度ではないが、隠しきれているとはいいがたかった。


「どういうことですかな、内田殿。我々は砦を防衛し、妖も殲滅したはずですが」


 大地の代わりに爺が反応する。怒りよりも戸惑いが見えた。


「今回の戦い、尾州軍の働きにより妖は全滅した。だが、そちらは殲滅するにあたり通路内で戦闘を行なったそうだな」


「それが問題なのですか」


「問題だとも。角根砦は天然の絶壁と我が国民が気づいた城壁の二重から成立する。それを、あなた方は城壁につながる通路を広げてしまった。これでは砦を守ったとは言い難い」


 やれやれと両手を広げてため息をつく内田に、宗次郎は無意識に拳を握りしめた。


 ━━━馬鹿にしやがって……。


 内田の発言は完全な言いがかりだ。宗次郎たちは土の波動を使って通路を広げた。つまり土の波動を使えば通路を元の狭さに戻せるのだ。


 それなのに報酬である金と食料を三割も減らすという。大地たちを舐めきっているのは明らかだった。


「内田殿。そちらの理屈もわかるが、我々は兵の半数以上を失ってまで戦ったのだ。それなのに報酬を減らされると言うのは、いかに同盟国といえど異議を申し立てたい」


「気持ちはわかるが、これは皇帝陛下が下した命令だ。覆されることはない。角根砦は我が国の要所、無敵の盾であらねばならぬ。ゆえに僅かなヒビも見過ごせぬのだ」


 それから二度三度問答が続くが、結局平行線のまま。


「そもそも」


 終わりの見えない話し合いに痺れを切らしたのか、大賀がメガネを上げながら口をはさんできた。


「緒方殿が砦を死守すると約束してくださったからこそ、我々は協力を申し出たのだ。約束を反故にしたのはそちらではないか」


「っ……」


 大地が息をのむ音が聞こえた。


 後ろからでもはっきりわかるほど、うつむいて肩を震わせている。やるせなさ、怒り。負の感情が背中からにじみ出ている。


「これ大賀、死者を冒涜するような発言は控えぬか」


「……失礼しました」


 言葉では誤っているか、反省は全くしていないのが宗次郎にも分かった。


 ━━━こいつら。


 内田も叱っているようで注意する気が全くない。バカにするにも程がある。


「心苦しいが、我々も戦時中ゆえ渡せる物資が少ないのだ。わかっていただけますかな」


「……いいだろう」


 ため息をつくように大地は肯定した。


「……」


「では大地殿下。また妖が攻めてきたときはよろしくお願いいたしますぞ」


 あからさまな怒りと不満。おそらく大地は唇を噛み締めているのだろう。立ち上がった内田は真顔で大地を見下ろしていた。


「ご案内いたします」


「うむ」


 爺が立ち上がって信斐のメンバーを外に連れ出し、天幕に静寂が訪れた。


 宗次郎も言葉を発する気力すらなかった。


 ━━━大地……。


 我が王についてもっと知ってもらう。剣城がそう告げたその真意は、大地の人格でもなく、過去の経験でもなく、今の立場だったのだ。


 たとえ国が滅んでも、国民全員が難民となっても、尾州を率いるのは大地だけだ。先代の国王が死んでしまった以上、次に王となるのは大地しかいない。本人の年齢も資質も関係なく、国内からも国外からも王としてみられるのだ。


 たとえ宗次郎が大地を王と認めなくても、大地は王であるしかない。


「っ、アアアアアアア!」


「陛下!」


 怒りに吠えて大地が立ち上がり、机をひっくり返した。止める剣城にもお構いなしで暴れ回る。


「畜生!」


 ━━━あ。


 怒りに任せて大地は座っていた椅子を蹴り飛ばした。


 蹴られた椅子はまっすぐ飛ぶ。そして、進行方向にいた宗次郎の額にクリーンヒットした。


「ガッ!」


「……は?」


 宗次郎は悶絶。活強を使えば躱せるが、身動きが取れない以上どうしようもなかった。


 するはずのない人の声に固まる大地。ひそかに頭を抱える剣城。嫌な沈黙が訪れる。


「何者だ!」


 憤怒にまみれた大地の声と布が破れる声。宗次郎が顔を上げれば、燈の向こうに立つ大地に見下ろされていた。


「き、さま……」


 のぞき見していたのが宗次郎だと知った大地は呆然としていた。


「見て……いたのか」


 宗次郎は黙ってうなずく。


 ━━━マジで死刑かな……。


 ここから出るなと言われていたが、まさかこんな方法で見つかってしまうとは。宗次郎は生命の危機を感じつつもどこかぼんやりとしていた。


 ドスン、と音を立てて大地が膝から崩れ落ち、力なく座り込んだ。た。




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